ネットワーク的読書 理系大学院卒がおすすめの本を紹介します

本と本の意外な「つながり」ってありますよね

【数学をビジネスに活かす】確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力/森岡毅,今西聖貴

概要

 ユニバーサルスタジオジャパンの経営をV字回復に導いた立役者が、「数学マーケティング」について解説する一冊です。

おすすめポイント

 マーケティング担当者だけでなく、何かを売って利益を得る仕事に就いている人ならば、誰が読んでも非常に勉強になると思います。数学を使って需要を予測する手法をあますことなく解説しています。

感想

 自分はマーケティングを担当したことがなく、自分の会社自体もマーケティングの機能が弱い会社です。この本で解説されている需要予測の精度の高さには驚かされました。

 需要予測はノウハウを知らなければできないことだなと思いました。自分のようなマーケティング初心者にとっては、マーケティングでどんなことが可能になるのかを理解できるという点で、読めて良かったなと思いました。

 マーケティングの熟練者にとっても得るものが多いのではないかと思います。特に、数式を使った数学マーケティングを解説する部分。確率論を用いて作り出したモデルに、実際の売れ行きやアンケートの結果から得たデータを投入すると、高い精度で需要が予測できてしまいます。まるで魔法のようです。

 

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 数学の理論はかなり難易度の高いものだなと思いました。僕は工学系の大学院生だったころの確率論の授業で近いものを勉強したのですが、それでも一個一個の数式を完璧に理解することはできませんでした。ただ、たとえ数式を理解できなくても、読む価値は十分にあります。

 

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 社運を賭けたハリーポッターエリアで、V字回復を成し遂げたときのことも紙面を割いて書かれています。ここはドキュメンタリーとしてとても面白かったです。

 数学マーケティングと聞くと、数字だけを見て機械的に判断を下すことのように思えてしまいますが、それを機能させるためには組織から変えていかねばならないというところが印象に残りました。著者は数字だけを追っていたわけではなく、会社全体を熱い想いで動かしていったのです。

 久しぶりに、とても勉強になるビジネス書を読みました。Bランクに入れます。

 

 

面白かったビジネス書はこのあたりですかね。

 

 

僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

【まさかの学園モノ】書評:アクアマリンの神殿/海堂尊

アクアマリンの神殿 (角川文庫)

アクアマリンの神殿 (角川文庫)

 

概要

 「チームバチスタの栄光」から派生した海堂尊さんの桜宮サーガの一作。「モルフェウスの領域」の続編に当たります。

おすすめポイント

 このシリーズには珍しい学園モノのお話。学生の恋愛エピソードや、学園祭の場面、そしてスポ根小説ばりのボクシングの描写もあります。まさに新境地といった感じでした。続編でがらっと空気を換えるという緩急のつけかたがお見事ですね。

感想

 主人公の佐々木アツシが中学生から高校生へと成長していく過程を追った物語です。このシリーズは基本的に病院の中で展開されるのでとても新鮮でした。

 頭の切れる人たちがロジックでバトルするというところは相変わらずでした。そこが良いんですよね、このシリーズは。クラスを牛耳る学級院長とバトルしたり、担任の先生にたてついたり、スカッと爽快感のあるお話でした。

 ただ、ストーリー全体を見るともやっとするところが多かったです。

 今回のクライマックスシーンは、アツシが人工凍眠システムの生みの親である西野と勝負をする場面でした。アツシが人工凍眠しているときに面倒を見てくれていた涼子が、「モルフェウスの領域」のラストで自分も凍眠することを選択。「アツシの抱える問題が解決していれば自分の記憶を消し、解決しなければ記憶を消さずに目覚める」という涼子の凍眠間際の言葉をどのように解釈するかを巡ってアツシと西野の意見は対立します。

 あっと驚く伏線が張ってあったとか、論理の穴をついた見事なロジック展開とかを期待していたのですが、すっきりしない決着でした。西野は涼子の記憶を消して目覚めさせたいが、その権限がないのでアツシに強要していた。端的に言うとそんな感じでした。

  • 結局、アツシの抱える問題とは何だったのかがはっきりしませんでした。涼子がわざとどちらとも捉えられる発言をしたのでしょうか。何のために?涼子の意図がわかりません。
  • 西野の行動原理も良く分かりません。涼子はアツシのことを想っているので、記憶を消さないと涼子を自分のものにするチャンスが生まれないと言っていましたが、記憶を失った涼子と恋愛関係になりたいのでしょうか?今までのことは何も覚えていない涼子と?
  • アツシの気持ちも良く分かりません。自分が冬眠しているときに記憶の片隅に植え付けられた涼子の笑顔の画像によって、彼の気持ちは涼子に囚われているらしい。じゃあ、目覚めたあとに涼子と一緒になりたいのかというと、彼はラストシーンで麻生夏美を選んでいる。浮気者では?
  • 細かいところですが麻生夏美の父親は誰なのでしょうか。物語中で散々言及しておいて、その伏線を最後まで回収しないのがとてもモヤモヤしました。他の作品で登場しているか、これから登場するのかもしれませんが。 

 

 読んでいる最中は新鮮で面白かったですが、読み終わったあとはすっきりしないお話でした。

 

 

 前編はこちら。 こちらは人工凍眠がもしできるようになったとしたらどのようなことが問題になるのか追求しているところが面白かったです。

 

  

 

僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

  

 

【語源を辿るとこんなに面白い】語源でわかる中学英語 konwの「k」はなぜ発音しないのか?

概要

 英単語の疑問を語源から解説するという、ありそうでなかった一冊です。シンプルに易しく書かれているのでさらっと読めます。

おすすめポイント

 今まで英語を勉強するなかで「覚えるしかない」と言われてきた不規則な文法が、なぜこのような形になったかを説明してくれているのが感動的でした。

感想

 タイトルにあるように発音がメインの話題です。canの過去系がなぜcouldなのか、というような文法の謎も取り扱っています。

 コトバは生き物だということがよくわかる一冊でした。時代とともに発音やスペルが移り変わっていく様子をコンパクトに解説してくれています。様々な変化があって今の英語があるのだということを知れました。日本語においても古典の時代から大きく言葉が変わってきたことを知っているわけですから、英語においてもそのような言葉の変化があって当然。英語が少し身近になりました。

 英語はヨーロッパの歴史を反映した言葉であるということが知れて、英語を勉強するのがさらに楽しくなります。

語頭にskが付く単語には、sky「空」、skin「皮膚、皮」、skill「技術」、skirt「スカート」があります。これらはすべてバイキングがイギリスに侵略した際、英語に入ってきた言葉です。ski「スキー」、skate「スケート」もsk-で始まりますが、バイキングはスケートをしていたのでしょうか。実は、北欧から来たバイキングは船乗りというだけではなく、スキーを巧みに操っていたことが記録されています。

 似たような言葉の語源を調べていくと、人類の歴史に行きつくのですね。とてもエキサイティングではありませんか。

 また、バラバラに覚えるしかなかった英単語の思わぬ繋がりも解説されています。丸暗記するよりも楽しく覚えられそうです。例えばMay(5月)とmajor。

Mayという名前は、古代ローマの大地の女神・成長の女神であるマイア(英語ではMaia)から取られています。この名前はラテン語のmaior「より大きい」、つまり成長することと関係しています。Maiorからは英語のmajor「大きい、主要な、メジャーな」という語が派生しました。

  発音やスペルが不規則に変化する単語についても解説がなされています。

今でこそ、複数形にするときには-sを付けるだけになってしまいましたが、古英語の時代にはいろいろな複数形の作り方がありました。それは、語尾に-asを付けるもの(これは現在の-sの由来になった)、-uや-ruを付けるもの、-anや-enを付けるもの、単数形と複数形が同じもの、などです。

  ここからchildの複数形がchildrenになった経緯がわかります。中学で習った時には「覚えるしかない」と先生に言われていたものが、英語の歴史をたどるとそれなりに理屈があることがわかります。難しくてもいいから理由があるのだと教えてほしかったです。頭ごなしに「丸暗記しろ!」と言われるのは苦痛じゃありませんか。

 もっと早く知りたかったことがいろいろ書いてあって、読み進めていくのも楽しい一冊でした。Bランクにいれておきます。

 

 

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A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

【人間が凍眠できるようになったら?】モルフェウスの領域/海堂尊

モルフェウスの領域 (角川文庫)

モルフェウスの領域 (角川文庫)

 

概要

 チームバチスタの栄光からスタートした海堂尊氏の「桜宮サーガ」の中の1冊。様々な医療技術・医療問題にスポットを当てる今作において取り上げられているのは人工凍眠。SFチックな近未来技術ですが、もしそれが実現したとしたらどのような物語が考えられるかを、あくまで現実的に描いた作品になっています。 

おすすめポイント

 人体を数年間凍眠させることができるとしたらどのような問題が起こるでしょうか?また、冬眠した人に関わる人々の感情はどのように揺れ動くでしょうか?海堂氏ならではのロジックで、海堂氏ならではのストーリーが展開されます

感想

 人体を凍眠させるという技術が今後数年で開発される見込みは薄いでしょう。海堂氏もそれはわかっているのだと思います。そんな状況でも、このテーマに真正面から挑んだ勇気にまずは賞賛を送りたいと思います。(物語と物語の間で登場人物の年齢設定が合わなくなってしまったという凡ミスから生み出した作品でもあるらしいですが)

 病気の治療法が今後確立される見込みがあるので、人体を凍眠させてその時を眠って待つことができるとしたら。本人の純粋な願いとは裏腹に、様々な人間の思惑が絡みあい、ミステリーとなって物語は進んでいきます。

 他の海堂氏の作品でも良く見ますが、ミステリー作品にするためにわざとストーリー進行をややこしくしている面があって、こういうやり方が本当に好きなんだなあと内心苦笑しながら読み進めていました。物語に起伏ができてドキドキするのですが、謎解きをあいまいなままにすると混乱するので、きっちり落とし前を付けてほしい所です。

 主人公涼子に対して曾根崎伸一郎に投げかけた「モルフェウスをひとりにしてはならない」という言葉。それに対する涼子の答えは「自分自身も凍眠すること」ということでよかったのでしょうか。そうすることで、時限立法である凍眠8則の効力が切れないため、涼子が眠っている間にモルフェウス佐々木アツシの人権を守るための作戦を実行できる。自分はそんなふうに捉えているのですが合っているかはわかりません。続編「アクアマリンの神殿」も読んでみようと思います。

 シリーズの本筋の主人公である田口が出てくるので、外伝の中では比較的本筋に近い作品でした。特に、「ナイチンゲールの沈黙」から続く話が多かったですね。ダジャレでインパクトを残す佐藤は「ジェネラルルージュの凱旋」から登場だったかな?曾根崎伸一郎もいろいろなところで出てくる名前ですが、自分は「ジーンワルツ」の主人公である曾根崎理恵の夫という印象が強いですね。

 チームバチスタの栄光が面白かったので踏み入れた海堂尊氏の世界。どんどん文庫化されるのでがんばって読み進めているのですが、まだまだ先は長いです。読んでいない作品がわんさかあります。思ったよりも深い沼のようです…。

 

 

 

 

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A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

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【現代社会を作った究極の要因は?】書評:鉄・銃・病原菌/ジャレドダイヤモンド

概要

 現代社会を形作った究極の要因はなんだろうか。極めてシンプルで難しい問いに、鮮やかな答えを提案する歴史学の名著です。

おすすめポイント

 とてもわかりやすく書かれており、途中で迷子になってしまうということがありません。極めて科学的な研究結果でありながら、一歩一歩踏みしめるように結論へと近づいていく最高のミステリーのようだとも思いました。名著と言われるだけはあります。

感想

人類社会の歴史を理解することは、歴史がさほど意味を持たず、個体差の少ない科学分野における問題を理解するよりもはるかにむずかしいことだといえる。それでも、すでにいくつかの分野では、歴史の問題を分析するのに有用な方法論が考え出されている。その結果、恐竜の歴史、星雲の歴史、そして氷河の歴史は、人文的な研究対象としてではなく科学的な研究対象に属する分野として一般的に認められている。しかも、われわれは人間自身に目を向けることによって、恐竜についてよりも、人類についての洞察を深めることができる。したがって私は、人間科学としての歴史研究が恐竜研究と同じくらい科学的におこなわれるだろうと楽観視している。この研究は、何が現代世界を形作り、何が未来を形作るかを教えてくれるという有益な成果を、われわれの社会にもたらしてくれるだろう。

 上記はエピローグからの引用です。ここにある通り、歴史を文系に属する分野としてはなく、理系に属する分野として科学的に分析している本です。

 現代社会において豊かさを存分に享受している人々(主に欧米圏)と、そうではない人々に大きな差が生まれている究極の要因はなにかという問いを追い求める壮大な研究を解説した一冊です。

 結論はとてもわかりやすく、「ユーラシア大陸は東西に長い大陸のため農作物・家畜・文字などの文明・発明や技術全般が伝搬しやすく、アフリカ大陸や南北アメリカ大陸は南北に長いため伝搬が容易に進まず、ユーラシア大陸に遅れをとったこと」とまとめることができます。このまとめは著者の言葉ではなく、この本を読んで僕が理解したことを自分の言葉でまとめたものです。自分の言葉で結論を端的に書き記せるぐらい、結論に納得感をもたらしてくれる本でした。

 上記の結論に至るまでに、様々な分析を丁寧に組み合わせ、あらゆる可能性を吟味し、想定し得るあらゆる批判に対して反証を提示しています。お見事としか言いようがありません。このように極めて理系的に論を展開しているのにもかかわらず、謎を解き明かす過程は推理小説のようにスリリングでした。

 そしてあとがきまで読んで気付いたのですが、この本が記されたのは1998年というのが驚きでした。20年も前に提示された理論がいまだに覆されず、名著として語り継がれているのです。長い年月による淘汰にも負けなかったということで、いかにこの本が優れているかがわかるのではないでしょうか。ボリュームはありますが、ぜひ一度は読んで頂きたい傑作でした。Aランクのおすすめ本に認定です。

 

 

 

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【戦乱の傷跡を超えて】流/東山彰良

流 (講談社文庫)

流 (講談社文庫)

 

概要

 国共内戦の時代、つまり中国で共産党と国民党が内戦状態だった頃のお話です。祖父の代に台湾に逃れてきた一家の一員である秋生が主人公です。戦争によって翻弄されながらも力強く生きる秋生の葛藤が描かれる青春小説です。

おすすめポイント

 当時の台湾の様子が生き生きと描かれ、臨場感を持って目の前に立ち上がってきます。様々な理不尽に襲われながらも懸命に生きる人々の様子に不思議と勇気をもらえる一冊でした。

感想

 台湾でつつましく暮らしていた秋生の家族でしたが、祖父が何者かに殺害されてしまうところから物語が動き始めます。その犯人を追い続けるミステリー小説の一面も持っています。

 心に残る素敵な言い回しが多く、文章のパワーにぐいぐい引っ張られるような読書体験でした。

 例えば主人公秋生と雷威という不良とのケンカを描いた一場面。

雷威の目に浮かぶ凶暴な光はこう言っていた。退け、たのむから退いてくれ、おれを人殺しにしないでくれ!その目を見て、わたしは彼も自分の未来を担保にして、いまこの瞬間をどうにかやり過ごそうとしているだけなのだとわかった。殺人者の悲しみ、それは生きるか死ぬかの瀬戸際で掴み取った真実を、だれに対しても説明のしようがないこと。言葉になどできやしない。その真実はわたしと雷威にしか見えない狐火のやうなもので、どちらが死ぬにせよ、死者のうちに封じられ、勝者に取り憑いて一気に百も老いさせる。

雷威のほうは退く意志がまったくなかった。人殺しになりたくないと思っている以上に、偽物になりたくないと思っていた。仲間たちに対して、そしてのちに目覚める自分の文学に対して。 

 緊迫する対峙の心の内で、お互いが殺人者にはなりたくないけど、退くわけにはいかないという葛藤を抱いていることを書きあげた文章です。このような男とは勇ましくあるべきという価値観が一般的だった時代、戦争の後遺症とでもいうべきでしょうか。

小戦は意地悪なチンピラかもしれないが、わたしの友達である。その友達が人生最大の危機に瀕しているのに、もしここで袖手傍観などしてしまったら、わたしはこれから先、臆病さを成長の証だと自分に偽って生きていくことになるだろう。そんなふうに生きるくらいなら、わたしは嘘偽りなく、死んだほうがましだと思う。人には成長しなければならない部分と、どうしたって成長できない部分と、成長してはいけない部分があると思う。その混合の比率が人格であり、うちの家族に関して言えば、最後の部分を尊ぶ血が流れているようなのだ。

 「臆病さを成長の証だと自分に偽って生きていく」。すごい一文です。引き際を知ることは大切なことだと思います。人は臆病になっていく生き物でしょう。でも、秋生はそんな生き方を良しとはしません。

 懸命に生きている秋生の心の中にはいつも、殺された祖父の姿が焼き付いていて、離れません。

「きみのおじいさんはいつも不機嫌でした」岳さんが言った。「胸のなかにまだ希望があったんでしょうね」「希望?」「苛立ちや焦燥感は、希望の裏の顔ですから」

 犯人を捜しまわって、手がかりを探し回っていたときに投げかけられた言葉。希望があるから焦りが募り、不機嫌になってしまう。

浴槽に沈んだ祖父を発見したときの衝撃はわたしのなかで結晶化し、ずいぶん付き合いやすいものになっている。すくなくとも、いますぐ犯人を吊るし上げろと心が苛まれることはなくなっていた。心とは駄々っ子のようなもので、いったん駄々をこねだしたら手がつけられない。地べたにひっくりかえり、あれがほしい、これがほしい、買って、買って、と泣き叫ぶ。十七歳のころのわたしがそうだった。わたしたちは根負けして心に従うか、さもなければ断固としてまえへ進むしかない。どちらが吉と出るかは死ぬまでわからないけれど、そうやってひたむきに心を拒絶しているうちに、わたしたちはわたしたちではなくなり、そしてわたしたちはわたしたちになってゆく。わたしはわたしなりに、あの日から十年ぶんまえへ進んだ。人並みに軍隊で揉まれ、人並みに手痛い失恋を経験し、人並みに社会に出、人並みにささやかなぬくもりを見つけた。出会いがあり、別れがあり、妥協し、あきらめることを覚えた。それはそれで大人になるということだが、これ以上心を置き去りにしては、もう一歩たりとも歩けそうになかった。

 本当にやりたいこと。秋生にとっては、祖父を亡き者にした犯人をつきとめること。ずっと抱えていたもやもやは、付き合いやすいものになったものの、これ以上犯人捜しをせずに放置はしておけなくなってしまいます。

 祖父の残した写真をきっかけに、犯人の正体へとつなげていく構成力は素晴らしかったです。戦争が落とした影は、文字通り孫の代まで呪い続けます。数奇な運命に翻弄されながらもしっかりと自分の意志で生き抜いていく秋生の力強さに、励まされる結末となりました。

 

 

 

 

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【自殺を止めるタイムスリップ】名前探しの放課後/辻村深月

名前探しの放課後(上) (講談社文庫)

名前探しの放課後(上) (講談社文庫)

 

概要

 主人公の”いつか”は、クラスメイトの誰かが自殺してしまうという記憶とともに3か月前にタイムスリップしてしまいます。自殺を止めることを決意し、友人たちに協力をあおぐところから物語が始まります。

おすすめポイント

 ミステリーであり、若者たちの葛藤を描いた青春小説でもある。まさに辻村さんの真骨頂といった作品です。

感想

 面白い構成をしている物語でした。なんとなくの直感で、自殺するのは「あの子」なのだろうと予想をつけて読み進めていました。物語はその方向には進まず、いったいどのような終わり方をするのだろうと思っていたら、一旦幕が下りかかり、でもやっぱり予想通りだよねというところに落ちてきました。物語の途中に落ちていた布石は、その幕引きに向けて置いてあったもので、あらかた回収されて一件落着。

 辻村さんらしい若者の心理描写がさえわたります。特に今作は、あすなの目線が良いですね。クラスの中心にはいないけど、いろいろ考えて必死に生きている。とても共感できます。

依田いつかにはわからないんだろうな。彼らを眺めながら、あすなは思う。

付き合うにしろ振られるにしろ、明確に結論の出る恋愛というのが彼にとっての『恋愛』なのであって、それは生身の人間を相手にする生きた行動だ。しかし、相手の一部分だけを知って引きこまれ、自分の理想を投影しながらただ対象を眺めるようなフィルター越しの『恋愛』もまた世の中には存在する

 僕が気になったのは、そんな演技できる?ということ。こんなお芝居をうったら、普通はどこかでドジってバレるじゃないですか。(たしかにバレてしまうエピソードもあったわけですが。)3か月間、よくバレなかったなというところ。迫真の描写をしているのもずるい。そんな演技力が高かったら俳優になれますよきっと。

 あと、いつかはタイムスリップする前からあの子のことが好きだったの?というのも疑問。昔のワンシーンは出てきますが、高校に入ってからは別になんとも思っていなかったのでは、と。タイムスリップで時空が時系列がゆがんでいるので良く分からなかったですね。

見直したんだよ。いつかくんにも、きちんとそういうのがあったんだなって。たとえば、自分の本当に好きな子が、何ヶ月後かに死んじゃうと仮定してみる。そしたら、ああやってきちんと必死になれた。いつかくんの人生は、寂しくなんかなくなった

 最後のオチのところはやられました。辻村作品で、フルネームが出てこない人物には注意せよ。これは鉄則ですね…。まさか彼らが登場しているとは。「ぼくのメジャースプーン」を読んだのはだいぶ前だったのですが、名前が出てきた瞬間「あっ」となりました。

 ただ、「例の能力」ってタイムスリップできるんだっけ?という疑問はあります。「時間を巻き戻す」と宣言したので、それが働いたのでしょうか。いずれにせよ、あの二人が普通の人生を歩んでいてほっとしました。二人で仲良く力強く生きていましたね。「ぼくのメジャースプーン」は本当に大好きな作品なので、もう1度読み返したくなりました。

  

 

 

 

 自殺したのは誰か、という謎を追いかけるのは「冷たい校舎の時は止まる」と一緒でしたね。たぶんわざと重ねているのでしょう。 

 

 

 

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名前探しの放課後(下) (講談社文庫)

名前探しの放課後(下) (講談社文庫)