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【圧倒的スリルと人間論】ジェノサイド/高野和明

ジェノサイド 上 (角川文庫)

ジェノサイド 上 (角川文庫)

 
ジェノサイド 下 (角川文庫)

ジェノサイド 下 (角川文庫)

 

概要

 日本の大学院生、紛争地域で戦う傭兵、そしてアメリカの政府機関のメンバーという、全く異なる3つの視点から物語は描かれます。彼らの運命が交錯し、やがて人類全体に迫る「危機」が露わになります。人類全体の平和を懸けた戦いの物語です。

おすすめポイント

 話題になっただけあって、僕は文句なしに面白いと思いました。単行本で出版された時点で読めばよかったなと思ってしまうぐらいです。少し残酷な場面もありますが、それがなければ貫けないテーマだったのかなと思います。ラストもしっかりと締まります。

感想

 話の主軸が文句なしに面白いのですが、その話の見せ方がまたお上手です。とんでもなくスケールの大きな話なんですが、一人一人の人物はみな個性的で、親近感がわいてきます。特に、主人公の一人である研人は理系の大学院生という立場が僕と近く、共感することがとても多かったです。僕も研究をがんばらねば、と思わせてくれました。

 上巻の時点ですでに引き込まれていましたが、下巻に入って話がクライマックスに近づくと、ページをめくる手が止められませんでした。下巻は久しぶりに一気読みに近い勢いで読んでしまいました。

 政治、歴史、軍学、通信、薬学などなどの多方面の専門的な話題に触れつつも、一貫して「種族としての人間」が問われ続けていたように感じました。思わず顔をしかめてしまう残虐な描写が数か所ありましたが、あの描写もこの命題を論じる上では避けて通れなかったのでしょう。真っ向勝負をしているのだなという印象を持ちました。

 人類学というものに触れたことがないので、「人間とは」ということを考察した文書を初めて読んだのかもしれません。数人の登場人物から、彼らの人間論を聞くことができます。

『とにかくヒトという動物は、原始的な欲求を知性によって装飾し、隠蔽し、自己正当化を図ろうとする欺瞞に満ちた存在なのだ。』

『それがヒトという生き物の定義だよ。人間性とは残虐性なのさ。』

 これらはとても鋭い考察です。それを裏付けるようなエピソードが出てくるので、頭ごなしに否定はできません。

 ラストはハッピーエンドとなり、爽快な読後感です。しかし、一つだけ気がかりな点があるとすればアキリがどう育っていくかですよね。人間の醜悪な部分をまざまざと見せつけられ、精神面はどうなっていくのか。『不気味な笑みを浮かべて・・・』などといった描写が途中から多くなってくるのが恐ろしかったです。特に、札束をばらまくシーンは、実際に見ていないのに目に焼き付いたかのように心に残っています。願わくば、イエーガーたちのがんばりを思い出して、まっとうな人間?というか超人間になってほしいものです。

 ミステリとしても素晴らしい完成度だと思います。物語のカギとなっているものは、序盤ですべて示されていたのですね。あの肺の病気をなぜアキリたちが治したがったのか、などなど挙げだしたらきりがありません。

 考えさせられる、得るものの多い小説でした。

 

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