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【心に従う勇気】ブレイブ・ストーリー/宮部みゆき

ブレイブ・ストーリー (上) (角川文庫)

ブレイブ・ストーリー (上) (角川文庫)

 

概要

 主人公のワタルは、小学5年生にして突如大きな不幸に襲われます。運命を変えられるという話を受け、幻界という異世界に入り込み、運命の女神さまに会うための長い長い旅が始まります。女神さまが叶えてくれる願いは1つだけ。ワタルはどのようなお願いをするのでしょうか。

おすすめポイント

 心躍る剣と魔法のファンタジーです。少年の心が蘇ります。しかし、物語の随所で問いかけられる鋭い問いは、人間の心の奥深くまでを突き刺す本質的なものです。なめていると痛い目をみるかもしれませんよ。大人の僕でも答えに窮してしまう問いに、小学生のワタルがどう答えるのか。そこも見どころの1つです。

感想

 まず、序盤の重い展開に困惑してしまいました。ワタルに次々に降りかかる災難。これだけこじれた家族の仲が、異世界の冒険によってどのように変わるのか。一体宮部さんはどのような答えを用意しているのか。そんなことを考えながら上巻は進んでいきます。この部分がいささか長いのですが、ここをしっかり書くことによって、ワタルの人間性、置かれている状況が読者にしっかりと植えつけられるのですね。

 中巻は冒険の章です。単純明快な勇気の物語かと思いきや、かなり人間の黒いところまで突っ込んでいるお話なのかもしれない、と途中から思い始めます。

 

「答えはひとつぢゃ。よろしいかな。それは、あなたの心のなかにも、それらの理不尽が存在するからぢゃ。 」

「あなた自身を見つめなさい。憎しみと怒り、優しさと勇気。どちらも等しくあなたのものぢゃ。それを直視した上で、運命を変えるとはどういうことなのか、結論を出すのぢゃ。」

 とある町で博士が投げかけるこの問い。言っていることはわかりますが、己のすべてを直視し、考えることってとても難しいですよね。自分の中でどのように折り合いをつけて、どんな答えを出すべきでしょうか。はたして小学生のワタル君がこれを理解し、納得のいく結論が出せるのか・・・。先は険しくなるばかりです。

 

 「きっとこのヒトは、いつもこんなふうだったんだ。胸にあるのは自分の言い分だけ。見るものも、自分の見たいものだけ。求めるものも、自分のほしいものだけ。傷つくのも、いつも自分だけ。 」

「思いどおりにならないものを捨て、気に染まらないものを切り離し、そこにあっても見ないふりをして、ひたすらに求めるものはただひとつ。自分が求めるにふさわしいものだけ。それでは何処にも居場所なんてつくれるわけがない。誰の親切も届かなければ、誰に裏切られようと、その兆候を感じること だってできるはずがない。」

 ワタルと同じく異世界の旅人だったのに、その旅を投げ出してしまった「教王」なる人物が登場。彼の生きざまを知ったワタルのこれらの言葉は、少ない語彙でも鋭く響きます。

 

「友達だって、肉親だって、恋人だって、正しくないことは正しくないんだ。あんたの心が、それは間違っていると感じたなら、あんたはその心に従う義務がある。 」

「ボリスの側から見れば、あたしの方が間違っていた。だから彼は、自分が正しいと信じることをした。どっちの側にも真実がある。結局は、その真実を、どっちの側から見るかということだけのことに過ぎないのかもしれない。 」

 他人と意見が合わずに衝突したときどうするべきか。「心に従う」なんて答えはいかにも子供っぽいですが、真実はどちらの側にでもあり、見る方向によって変わることを知り尽くした上でのこの発言。最後は自分が納得できるか、なのですね。

 子供のころに読んでも面白く読めたんだろうなと読み終わったときに思いました。最後に導かれる答えも、割と単純なものです。しかし、運命を変えてもらうのではなく、自分を変えるというのがどれほど苦しいことか。不平等であることを受け入れて進んでいくことがどれほど難しいことか。それらを覚悟したワタルは本当に強い。幻界に来る前の、ひ弱な少年の面影はまったくありません。すごいなぁと思いつつ、負けてられないなぁとも思いました。

 全3巻構成ということで尻込みしてしまう方もいるかもしれませんが、読んで後悔は絶対にしないと思います。「A.誰にでもおすすめできる作品」に登録です。