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【抉り出される心の機微】書評:思い出トランプ/向田邦子

思い出トランプ (新潮文庫)

思い出トランプ (新潮文庫)

 

概要

 13作の短篇集です。向田邦子さんが直木賞を受賞した作品である「花の名前」「犬小屋」「かわうそ」の3作を含んでいます。1つ1つの短編はものすごく短く、5分もあれば読める文量となっています。

おすすめポイント

 日常生活の一コマから、人間の持つ奇妙な心の動きをあぶり出し、それを読者に余すところなく訴えかけてきます。共感とまではいかなくとも、登場人物の微妙な心の動きが”わかる”んですよね。そういう心の機微を楽しめる作品です。

感想

 どの作品も人生の曲がり角を過ぎた主人公が、自分の過去を見つめる内容です。主人公たちがどんな気持ちを抱いているのかは、はっきり書かれませんが、何故か伝わってきます。そのうちいくつかは、自分も感じたことのあるような、やるせない感情だったりします。しかしそれらが明文化されることは少なく、また明確なオチがないものが多いです。どうしてもぼやっとした印象を受けます。

 「だからなに?」という感想を抱いてしまうことが多かったです。おそらく答えを出すことに大きな意味があるものではないのでしょう。しかし僕はどうしても答えを知りたくなってしまったのです。今までは、しっかり結末を用意してくれている本ばかりを読んできたのだなぁ、なんて思いました。

 この本に収められている作品はどれも短いわけですから、まずざっと読んでみて、じっくり考えてみる、という読み方もできるかもしれないと考えました。自分はどうか。自分ならどうするか。自ら考えてみるのも面白いだろうなと。

 以下、ちょっとしたメモ的感想。一番印象深いのは「犬小屋」でしょうか。

 

かわうそ

 いたずら好きな妻に振り回される定年間近の夫。妻のことをかわうそに似ていると感じている。妻との生活を、どう思っているのだろうか。楽しい?それとも迷惑?

 

だらだら坂

 女を囲う社長の話。女の素朴なところに魅力を感じていたのに、外見を気にし出して一気に興が冷める。だらだらとした話。でも、だらだらと永遠に続くものはないのだなぁともおもう。社長に共感はできないな。 

 

はめ殺し窓

 定年間近のサラリーマンが、自分の両親のことをあれこれ考える。母とは違うタイプだからと選んだ妻。そして娘。女が考えていることをわかっているつもりでも、意外と知らない面はある。それが嬉しくもあり、主人公は笑う。なんだか捉えどころのない話。 

 

三枚肉

 秘書と関係を持ってしまったサラリーマンが主人公。その秘書の結婚式。訪ねてきた旧友との昔話。「なにもなきおだやかな、黙々と草を食むような毎日の暮らしが、振り返れば、したたかな肉と脂の層になってゆく」。三枚肉のような、積み重ねこそが人生。 

 

マンハッタン

 無職になり妻と離婚寸前のアラサーサラリーマンが主人公。珍しく希望が見えるストーリーだった。そう上手くはいかないが。最後は少しテンポの速い締め方。急に登場する父は何者なんだろう。 

 

犬小屋

 アラサー女性が、昔の知り合いを電車で見かける。彼、カッちゃんとの出会いから別れまでが回想される。カッちゃんがちょっと不憫に思える話。「今から思えば、あの滑稽なほど大きい犬小屋は、カッちゃん自身かも知れなかった」とはどういう意味だ?不必要なほど大きかったという意味かな。 

 

男眉

 男勝りな太い眉毛を持つ女性。眉毛にまつわるエピソードから、女性像に関するあれこれが語られる。男性に媚びを売れないことを気にしたり。そんな自分に対する肯定感も否定感も感じられるわけではない。なんともぼんやりとした話。 

 

大根の月

 主人公は息子を怪我させてしまったことをきっかけに夫と離婚寸前になっている。姑との確執もあり、別居を続けている。暗く希望のない話かと思いきや、最後に変化が。変化というより、気持ちが顕在化しただけなのか。たぶん、戻りたいのだろうな。気持ちが伝わってくる作品。 

 

りんごの皮

 50過ぎの女性が主人公。あまり状況が説明されない、ぼんやりとした話。 

 

酸っぱい家族

 飼い猫がオウムを殺してしまったところから始まる物語。主人公は50過ぎのサラリーマン。彼の回想がメイン。昔付き合いのあった写真館の家族。その付き合いで生まれた気持ちと、オウムを捨てられない気持ちの重なり。ずるずると先延ばしにしてしまう、あの感じを表した作品。 

 

 熱が出て会社を休んだ50過ぎのサラリーマン。弟と隣に住んでいた女の子の耳の話。弟の耳に障害を負わせてしまったのでは、という自責の念。今回はそこに焦点が当たっているのがわかりやすい。答えはもちろんないし、救いがあるわけでもない。 

 

花の名前

 夫の浮気相手から電話を受けた主婦。花の名前もわからぬ不器用な夫にあれこれ教えてきた今までの暮らしを振り返る。「女の物差しは二十五年たってもかわらないが、男の目盛りは大きくなる。」夫は知らないうちに妻の知らない一面を持っていたらしい。こんなこともあるのかな。 

 

ダウト

 父を看取ったあとの葬式での一コマ。真面目な父と自分。対照的に、ひょうひょうと世間を渡っていく従兄弟。誰もが黒い過去を抱えている。ダウトで見破られたら、逆に楽になるのかもしれない。漂う腐臭は、過去の汚点。それを匂わせたまま、生きていかねばならない。