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【現実を書いただけなのに】書評:回転木馬のデッド・ヒート/村上春樹

回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)

回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)

 

概要

 村上春樹さんが知人から聞いた話を文章にしたという、一風変わった短篇集です。

おすすめポイント

 どの短編も、人から聞いた話ということで日常の一コマなのですが、どこかミステリアスです。村上さんが書くとどんな物語も小説っぽくなりますね。村上さんの文体にどっぷり浸かれる一冊です。

感想

 まず、この作品を発表するに至った経緯が書かれています。文章を書くことは一種の自己表現であることに触れ、以下のような持論を展開しています。

『自己表現が精神の解放に寄与するという考えは迷信であり、好意的に言うとしても神話である。少なくとも文章による自己表現は誰の精神をも解放しない。もしそのような目的のために自己表現を志している方がおられるとしたら、それは止めた方がいい。自己表現は精神を細分化するだけであり、それはどこにも到達しない。もし何かに到達したような気分になったとすれば、それは錯覚である。人は書かずにはいられないから書くのだ。書くこと自体には効用もないし、それに付随する救いもない。』

 小説を書くことで精神を解放し自分に救いを与えることなどはできず、当然人々に救いを与えることはできない。書きたいから書く。それだけがあるのだ、と。

 また、タイトルに関連したこの一節。

『他人の話を聞けば聞くほど、そしてその話をとおして人々の生をかいま見れば見るほど、我々はある種の無力感に捉えられていくことになる。おりとはその無力感のことである。我々はどこにも行けないというのがこの無力感の本質だ。我々は我々自身をはめこむことのできる我々の人生という運行システムを所有しているが、そのシステムは同時にまた我々自身をも規定している。それはメリー・ゴーラウンドによく似ている。それは定まった場所を定まった速度で巡回しているだけのことなのだ。どこにも行かないし、降りることも乗りかえることもできない。誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデット・ヒートをくりひろげているように見える。』

 この短篇集は村上さんが知人から聞いた話をそのまま文章化しているものです。他人の話を聞くことで村上さんは何を得ているのかと言えば、それは無力感であるらしい。僕らはどこにでも行けると思っているが、そうではない。定まった場所をぐるぐる回っているメリーゴーランドのような人生を送っているのだと。面白い他人の話を知ったとしても、それはあくまでも人生のシステムの範疇のことで、メリーゴーランド上のデットヒートを見ているだけなのかもしれない。そんなようなニュアンスなのかなと考えながら読んでいました。

 短編は、人生とは不思議なものだなぁと思わせられるものが多かった。しかしそこから普遍的に通じる何かを見出す気は、村上さんにはなさそうです。もやっと終わるものが多かったですが、なんとなく楽しみながら読めました。

 

 それぞれの短編のメモ書き程度の感想。

レーダーホーゼン

 最初からなんとも言い難い、感想の付けづらい話。よくわからないけど、半ズボンを買ったという理由はひとつあって、それは外せないポイントだったらしい。うーむ。 

 

・タクシーに乗った男

 不思議な話。こんなこともあるんだなぁといった感じ。「人は何かを消し去ることはできないー消し去るのを待つしかない」。一度人間の想いに触れてしまったものは、この世から意図的に消すことができないということでしょうかね。ふむふむ。 

 

・プールサイド

 本当に、この主人公の言うとおり、平凡な話。でも、作者の言うように、面白みを含んだ物語だなぁと思いました。あまりにも物事がうまく行き過ぎていること。完璧主義の果てにある無常。そんな陳腐なものなのか。もっと深いものなのか。 

 

・今は亡き王女のための

 スポイルされきった女友達の話。彼女と作者の間の奇妙な関係。その事件のあと、彼女がどうなったのかとても気になる。 

 

・嘔吐1979

 こちらもまた不思議な話だなぁ。罪悪感。そこから何を学ぶか。意地を張って調査をしなかった辺りがまた問題をややこしく、しかしミステリアスにしてます 。

 

・雨やどり

 これは特に不思議なところのない話でした。強いて言えば、女のつける値段設定か。でもなんか興味深い。お金を払うこと。ふむ。 

 

・野球場

 完全なるストーカーの話。作者の感想、思ったことが他の短編よりも書かれていないのはわざとでしょうか。見たくても見れないものを観れる環境に置かれた時、人はどうなるのか。必要以上に見えることは、人を壊すのでしょうかね。 

 

・ハンティング・ナイフ

 最後の短編ということで、作者本人が体験したお話が登場。あくまでも主体は車椅子の彼なのかもしれない。わからない。効率的な人間と非効率的な人間。太った女。ナイフ。いろいろなキーワードらしき言葉は、あまりつながらない。