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【問われる良心】書評:魔術はささやく/宮部みゆき

魔術はささやく (新潮文庫)

魔術はささやく (新潮文庫)

 

概要

  宮部みゆきさんの初期の作品。第2回日本推理サスペンス大賞で大賞を受賞しました。一見無関係に見える3人の女性の死が、実は繋がっていた。高校生の守は事件の謎に気づいて調査を開始します。その途中で、失踪した父親の影を見ることになります。

おすすめポイント

 緻密に組み上げられた物語は、どこに収束するか全くわかりません。事件が解決したと思ったらその先に更なる展開があり、深く考えさせられるラストとなっています。

感想

  個人的には「良心」を問う作品だなと感じました。様々な登場人物が入り乱れて、過去と現在に糸が絡み合う複雑な構成となっているのですが、ぼんやりと「良心」というキーワードが思い浮かびます。さらに、物語の筋と関係ないセリフにも「良心」を連想させる言葉が多かったです。

 『じいちゃんが思うに、人間てやつには二種類あってな。一つは、できることでも、そうしたくないと思ったらしない人間。もう一つは、できないことでも、したいと思ったらなんとしてでもやりとげてしまう人間。どっちがよくて、どっちが悪いとは決められない。悪いのは、自分の意思でやったりやらなかったりしたことに、言い訳を見つけることだ。』

 主人公の守は、鍵師の「じいちゃん」なる人物からピッキングなどの解錠技術を叩きこまれた過去を持っています。その技を使うことはもちろん悪いことなのですが、じいちゃん曰く、言い訳を付けて都合よく立ち振る舞うことが一番よくない。守の良心が試されます。

 登場人物のひとりである高木和子は恋人商法(恋愛詐欺)をやっていた経験を持っています。現在も、詐欺まがいの化粧品を売りつける営業をしている。

『自分自身も気がついていない心のどこかで、和子は、金を出せば願いがかなう、欲しいものは全て手に入るとーきれいになれる、やせられる、毎日が楽しくなる、とー無心に思いこんでいるあの娘たちのような女性を、日々の生活と仕事に追われている真面目な男たちを、心底憎んでいるのだった。彼女には、もうどんな種類の幻想もなくなっているから。橋はもう落ちてしまったのだから。そして、彼女にむしられたその男たち、娘たちが、けっして、けっして、じゃあ今度は自分が誰かからむしり返してやろうと考えはしないことを、知っているから。』

 何も疑うことなく和子の言うことを信じるお客たちを、心の何処かで彼女は憎んでいるらしい。憎んでいるから騙してもいいのかと言うとそうではないと思うのですが、彼女に罪の意識はあまりないようです。以前、恋人商法でお金を巻き上げた男性が、自殺してしまったことを知っているのにです。彼女の良心は痛まないのでしょうか。

 その和子に鉄槌を下すべくうごめく影。その「原沢」という男は魔術を使って人間を操れるらしい。彼にも彼なりの信念があって、殺人を続けています。

『坊や、君は恋愛というものをどう思う?恋愛感情はなぜ一人の人間だけに向けられ、他の人間では駄目なのか。なぜ一人の人間だけにひかれるのか。それは神秘だよ。我々学者にとっても未だ未知の分野なのだよ。高木和子はそれを営利を得る手段として使った。』

 守の頑張りにより、高木和子は殺されずに済む。しかし「原沢」は守の父の失踪の真実を明かす。それは守にとっては納得しがたい事実でした。

『あんたは立派だよ。狂ってるけど立派だよ。あんたは自分が正しいと思ってやったんだろ?僕には何が正しいかもわからないよ。なにもかも知りたくなかった。なにも知らないままでいたかった。ちきしょう、あんたを殺してやれたらどんなにいいだろう!』

 ここでも、やはり「良心」というテーマを勘ぐりたくなります。殺人鬼原沢は、自分が正しいと思って行動していた。一方の守は何が正しいかもわからない。自分の拠り所を持てずに、思い悩むのです。宮部みゆきさんの作品の中では、このような若者が重い判断を迫られることが度々あるような気がします。でも、そんな状況の中でも最期には明るい希望を見せてくれる。そこが好きですね。

『東京に戻る特急のなかで、守はようやく、じいちゃんの言葉の意味がわかったと思っていた。お前の親父さんは弱かった。弱かった親父さんのかなしかったところをわかるようになるときが、きっとやってくる。親父は弱かったけれど、卑怯者ではなかった。間違った方法で手にしたものの代償を、正しいやり方で払い直そうとしていたんだ。そう思った。 これでよかった。親父、これでよかったと思ってくれるだろ?僕は吉武を殺さなかった。殺せなかった。それでよかったんだな。』

 しかもそれは事実の中にある本質を掴むもので、突飛なものではないのです。誰にでもこのような発見は起こりえる。守のように、前へ進むことができる。どんな作品であっても、そこに何かしらの希望を潜ませるところが、宮部さんのすごいところだなぁと思います。

 

 

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