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【天に挑み暦を創る】書評:天地明察/冲方丁

天地明察(上) (角川文庫)

天地明察(上) (角川文庫)

 
天地明察(下) (角川文庫)

天地明察(下) (角川文庫)

 

概要

 第7回本屋大賞受賞作。舞台は江戸。史実をベースにした作品です。主人公「渋川春海」は、囲碁打ちとして将軍家に仕えています。趣味は算術と暦術。決して特別な生まれではない春海が、暦を作り変えるという一大事業を成し遂げるまでを描く物語です。

おすすめポイント

 天体の動きを掴み、正確な暦を作るという壮大なスケールの物語ですが、あくまでも春海にスポットを当てて物語が進みます。失敗や挫折を繰り返しながらも、一歩一歩進んでいく彼の姿に胸を打たれました。

感想

暦の存在

 今日が何月何日なのか、カレンダーが教えてくれる。そんな当たり前の状態が、昔は当たり前ではありませんでした。天体の動くを正確に把握し、一年の循環を正確に表す暦という存在が、いかに大事かを知りました。そしてその暦は、為政者が発行するものでした。

『暦は約束だった。泰平の世における無言の誓いと言ってよかった。"明日も生きている" "明日もこの世はある" 天地において為政者が、人と人とが、暗黙のうちに交わすそうした約束が暦なのだ。』

『今年の大小月の並びが絵の中に天体の運行という巨大な事象がもたらしてくれる、"昨日が今日へ、今日が明日へ、ずっと続いてゆく"という、人間にとってなくてはならない確信の賜物だった。』

 暦は天体の動きを読み取る科学の結晶であると同時に、権威の象徴でした。こういう時代背景が巧みに描かれており、いかに春海のしたことが大きなことだったのかがイメージできるようになっていました。幕府と朝廷の権力争いなどもきちんと組み込み、江戸という時代が目の前に実感を持って立ち上がってくるようでした。

 天に挑む

 とてつもなく大きな事業ではあったのですが、あくまでも焦点は春海が何を感じ、何を考え、何をしたかに当てられます。物語の始まりは彼が23歳のころ。将軍様の前で決まりきった手を打ち合う碁打ちの職に飽きを感じ、算術にのめり込んでいます。天文学の発展は、算術の発展と背中合わせです。算術家として名高い関孝和が登場し、春海に影響を与えていきます。

 春海は、関孝和に算術で勝負を挑みます。問題を出すのです。しかし、その問題は条件設定が足りず、解けない問題でした。それを見破られたのです。最も恥ずかしい失敗でした。その後、改暦の事業に加わり、天体の動きを読む事業にのめり込み、この失敗からは立ち直ります。しかし、改暦の事業もはじめは失敗してしまいます。予期せぬ月蝕が起きてしまったのです。

 このように、若い頃から大きな失敗を経験する春海。それでも彼は決して諦めず、ひたむきに努力を続けます。ときに心が折れそうになっても、周りの助けを素直に受け取り、再び歩みを続けるのです。物腰は柔らかいものの、内に熱いものを秘めた彼にすごく好感が持てます。悔しさや恥ずかしさを身に刻みながら、人間は成長していくのだなと改めて思いました。

『ときの帝は霊元天皇、将軍は四代家綱。この両者の前で、春海はまさにただ一個の人間であらねばならなかった。何の後ろ盾もなく、いかなる勢力の後押しもない。よって事業開始において朝廷と幕府がせめぎ合う要因は一切ないのだということを身をもって示す。ただ天と地との間に立って星を測る一人の人間としての、丸裸での請願であった。』

 若いときの経験を大事にしつつも、決して奢らない姿勢。ただ一人の人間として、天に挑んだ彼の勇気に感服しました。妻の「えん」との関係も素敵です。20年間以上に渡る大事業を、登場人物の魅力をばっちり発揮しながらまとめあげた作者の筆力はすごいの一言。Bランクに入れます。

 

 この作品の前年度に本屋大賞を受賞した作品。

ytera22book.hatenablog.com

 

 そのほか、本屋大賞ノミネート作品。

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