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【小説リトマス試験紙】書評:鉄道員(ぽっぽや)/浅田次郎

鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)

鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)

 

概要

 1997年刊行の、直木賞受賞作品。8つの短編から成っています。表題作の鉄道員は、高倉健さん主演の映画バージョンも有名です。

おすすめポイント

 どの短編も非常に読み応えがありました。古さを感じさせませんし、奥行きを感じる物語ばかりでした。

感想

 僕が経験したことのない「哀しみ」を表現した作品が多く、こんなことになってしまったらどうしようかと考えさせられました。娘を亡くした日も、妻を亡くした日も駅に立ち続けた「鉄道員」の主人公乙松。旧家に嫁いだものの、親類がいないことを理由に追い出される「うらぼんえ」の主人公ちえ子。読んでいるときは物悲しい気分になるのですが、ただ悲しいだけでは終わらず、なんとなく希望の余韻が残る締め方にほっとします。

 一番感動したのは「ラブ・レター」ですが、他の作品も胸に残るものばかりでした。北上次郎さんの解説には次のような一節があります。

『本作品集がリトマス試験紙であるというのは、読み手の年齢、性別、経験、環境、人生観などによって、このように感じ入る作品が異なるからである』

 どの作品も、登場人物や時代背景がくっきり感じられました。ぼんやりとした空想上の人物としてではなく、こんな人がいたんだろうな、と思えたのです。だから、読み手のバックグラウンドによって好みの短編が割れるのでしょうね。僕はまだまだひよっこなので、誰に共感できたわけでもないのですが、こんなに鮮やかに描けるものなのだなぁと驚きました。

 

鉄道員

 北海道の単線列車に勤める鉄道員の最期を描きます。「自分はポッポヤだから」と、家族のことを放ったらかしにしていた主人公の乙松。実直に働き続けたことへの誇りの中に、後悔が入り混じっているように感じられます。そんな彼の元に舞い降りる、優しい奇跡。幻想であったとしても、彼が幸せに逝けてよかったと思います。時代の移り変わりを意識させられました。

 

ラブ・レター

 歌舞伎町できわどい仕事を転々としてきたやくざ者の主人公吾郎。10日間の拘留を終えると、戸籍を与えるために籍を入れていた妻が病死していました。中国人のその妻には会ったこともないのに、遺体を受け取りにいくことになります。その道中で読んだ彼女からの手紙に胸を打たれる吾郎。彼女の無垢な思いが、薄汚れていた吾郎の心に響きます。

『ふつうだよ。どうもしちゃいねえよ。おまえらがみんなふつうじゃねえんだ。どいつもこいつも、みんなふつうじゃねえんだ』

 普通だと思っていたことが、ある日突然ふつうだと感じられなくなる。そんなことがあるのも人生なのでしょうか。 

 

悪魔

 名家の少年のもとにやってきた家庭教師の蔭山。彼の襲来をきっかけに、名家は没落を始めます。何が起きているのか分からない子供の目線で描かれる物語は暗くて不気味ですが、つづきはどうなるのだろうかと、先へ先へ読ませられました。とりあえず、主人公が元気に暮らせたようでよかったです。

 

 

角筈にて

 ブラジルに左遷されることが決まった商社マンの恭一。父に捨てられ、親類に育てられ、一緒に暮らした幼なじみと結婚しました。親類たちは不幸な彼を受け止めてくれた一方で、幼なじみを幸せにできなかった後悔が募ります。長年抱えていた父に対する恨みも合わさり、いろいろな思いが折り重なる物語です。長生きすればするほど、恭一のように様々な感情を抱えて生きることになるのでしょうか。ラストで父の亡霊と会話し、少しは楽になってくれることを願います。

 

伽羅

 アパレル企業の営業マンが主人公。仲間の紹介で、「伽羅」というブティックと商売をすることになります。業界が好景気に湧く中、主人公はあくどい手を使って売上を稼いでいます。この辺の事情はとてもリアリティがあり、実際にこんなことがあったのだろうなと思ってしまいます。しかし、主人公はなぜか「伽羅」には強く出られません。バーで耳にした「女の生霊」という言葉の不気味な響き。恨みを買う仕事は、したくないなと思いました。特に、女性の恨みは買ってはいけないですね。

 

うらぼんえ

 田舎の旧家に嫁いだちえ子。両親は離婚し、身寄りがありません。夫は不倫し、外に子供を作りました。初盆に集まった親戚は、遠回しに離婚を強要していきます。田舎っぽい陰湿さってこんな感じなんだなあと、うんざりした気分になります。そこに、死んだ祖父の亡霊が登場。誰か一人でも見方がいてくれるだけで、たとえそれが幽霊だとしても、希望を持てる。そんな様子が描かれています。ちえ子には、なんとか頑張ってほしいです。

 

ろくでなしのサンタ

 ポン引きで何度も警察に捕まっている三太。雑居房で一緒になった北川のことを不憫に思い、北川の家族にクリスマスプレゼントを渡しに行きます。やくざ者が良いことをするというテイストのほっこりするお話でした。他の短編と同様に、ここから何か展開があるかなと思いましたが、ここはあっさりした幕引きでした。

 

オリオン座からの招待状

 妻の良枝と別居状態の祐次。良枝と一緒に、故郷の西陣の映画館閉館に伴う最終公演に行くことになります。よみがえる懐かしい思い出と、館主の告白に心を動かされるふたり。離婚秒読みの状態でしたが、なにか変化はあるのでしょうか。事態を好転させることはかなり難しいことなのかもしれないですが、やり直して欲しいなと思ってしまいます。

 

 

 

 

最近読んで心に残っている短編集。