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【炎の超能力者の孤独】書評:クロスファイア/宮部みゆき

クロスファイア(上) (光文社文庫)

クロスファイア(上) (光文社文庫)

 
クロスファイア(下) (光文社文庫)

クロスファイア(下) (光文社文庫)

 

概要

 心の中で念じただけで灼熱の炎を操ることができる主人公の青木淳子は、法の裁きを逃れた犯罪者に鉄槌を食らわせることを生きがいとしています。偶然見つけた次なるターゲットを追うところから物語が始まります。もうひとりの主人公は淳子が起こした事件を担当する放火担当の石津ちか子刑事。ふたつの視点から描かれるサスペンスです。

おすすめポイント

 炎を自在に操るという、いかにも少年漫画にありそうな設定なのですが、宮部みゆきさんが書くと本格的なサスペンスになってしまいます。冷徹にターゲットを焼き殺していく淳子の心の葛藤が見事に描かれた作品です。

感想

炎を操る力

 タイトルにもあるように「炎」にまつわるお話です。放火を主に担当してきたちか子は、火を神聖なものだと捉えています。

『たとえ犯罪の局面でも、火は聖なるものなのだということが、これでよく判るとちか子は思う。殺人者が痕跡をくらますために死体や犯行現場に火を放つときも、その火によってすべてが浄化され、何もなかったかのように清められることを、無意識のうちに期待しているのではないかと思う。過ちを正し、不正なものを焼き払い、すべてを灰に還して静謐な無を招来する絶対の力ーそれが「火」だ。』

 念じただけで火炎放射器以上の炎を局所的に発生させることができる「パイロキネシス」という能力を淳子は生まれつき持っています。パイロキネシスは宮部さんが作ったものではなく、Wikipediaによると作家のスティーブン・キングが「ファイアスターター」という本の中で初めてこの語を使ったのだとか。物語中で淳子は煙草の先に火を付けたり、公衆電話の窓ガラスに熱を加えてメモをとったりと、なんとも便利にこの能力を使いこなしています。しかし、慣れないうちは感情の揺れ動きに合わせて周りの物を燃やしてしまい、すごく大変だったとか。よくもまぁバレずに大人になれたなぁと思いますが、逆に何もなにもない空間に火を起こせる能力があることを信じる方が難しいかもしれませんね。

正義の物語?孤独の物語?

 少年法に守られた殺人犯や、模範囚として刑務所で過ごしていたため早々と社会復帰した犯罪者などが淳子のターゲットです。しかしどれだけ悪いことをしようとも相手は人間であって、彼らを処刑する淳子もまた殺人者であることに変わりはありません。淳子が行っていることは正義なのか。そもそも正義とはなにかという話を掘り下げていくのかなと予想しながら読んでいました。

 しかし、物語はちょっと予想外の方向へ進みます。淳子は彼女と同じように念能力を持つ青年木戸浩一と恋に落ちてしまいます。僕は勝手にこの物語を炎と正義と物語だと決めつけて読んでいましたが、そうではなかったのかもしれません。浩一との関係で炙り出されたのは、異能者として誰にも心を打ち明けることができなかった淳子の孤独でした。

 もっと言ってしまえば、淳子はもう普通の人間の感覚を持っていなかったのです。主人公でありながら彼女は読者と同じサイドには立っていませんでした。

『すうっと霧が晴れるように、淳子には、ひとつの真実が見えてきた。人殺しを続け、他人の生殺与奪を握ることを覚えてしまうと、たとえその殺戮の目的が何であったにしろ、人は自分勝手な生き物へと成り下がるのだ。なによりも自分を優先するようになるのだ。 あたかも自分が神であり、神の考えは全てを超えるという思い違いをするようになるのだ。自分の考えに間違いはないと思うようになるのだ。』

 物語の中で、淳子はほとんど迷うことなく人を殺します。それを彼女は当たり前のように捉えています。僕自身もあまり意識して読んでいませんでしたが、これは相当異常なことです。それを終盤になってやっと淳子も理解する。

『浅羽敬一は、一般人にはあるものが欠落していることによって異能者たり得ていた。青木淳子は、一般人には無いものを獲得していることによって異能者たり得ていた。しかし、種類としては同じ人間です。つまり、結果的にはどちらも同じように危険だということだ。ですから、同じように人殺しになった。』

 浅羽敬一は少年法に守られ極悪非道を繰り返してきた高校生です。救いようもない悪党として彼は描かれているのですが、そんな浅羽と淳子は物語のラストで同列に扱われてしまいます。フォローの言葉は全くなく、どうしようもない人間という風に書かれているのです。淳子の葛藤を今まで描いてきたのにもかかわらず、宮部さんは最後の最後で彼女を突き放します。なんだかかわいそうになってしまいました。

ラストに関して

 ピースが完全には埋められないままの物悲しい締め方になっています。牧原刑事の過去は清算されずじまいでした。倉田かおりは元気にやっていけるかも心配です。解説で吉田伸子さんは、淳子にとってこれがハッピーエンドだったと書いていますが僕にはそうは思えませんでした。この手の能力系のマンガのお決まりのラストは「最後の戦いで力を使い果たして普通の人間に戻り、その後はおだやかに暮らしました」という感じではないでしょうか。それがハッピーエンドだったのではないかなと僕は思います。しかし、あえてそのような軟着陸をしようとせず、ダメなものはダメだという宮部さんの強い信念を感じるラストでした。読者に寄り添っていたのはあくまでおばちゃん刑事のちか子だけだったのですね。

 もう少し淳子には幸せを感じてほしかったです。せめて、浩一に騙されていたことを知らぬままだったら心の傷は浅かったのではないかと思います。結局、これが孤独な人殺しの末路だよと言いたかったのでしょうか。物語の設定は非常に面白かったのですが、ちょっと腹に落ちない終わり方でした。

 

 

直近で読んだ宮部作品は「魔術はささやく」でした。こちらも一見すると超能者みたいな輩が登場しました。

超能力系で最近読んだのはこれでしょうか。伊坂幸太郎さんの「陽気なギャングが地球を回す」。クロスファイアとは真逆のコミカルな展開でした。