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【ネタバレなしでは語れない】書評:ハサミ男/殊能将之

ハサミ男 (講談社文庫)

ハサミ男 (講談社文庫)

 

概要

 ミステリーの傑作として2ちゃんねる等でよく紹介される一冊です。サイコパスな主人公が探偵役もこなすという奇想天外なお話です。

おすすめポイント

 二重三重の罠が仕掛けられているネタバレ厳禁なお話です。読んでみたいと思ったらぜひここでバックしてください。

感想

 ネタバレしないことには多くを語れないのでトリックの内容に触れます。お気をつけください。

ハサミ男の正体

 叙述トリックの代名詞的作品なのでトリックが仕込まれていることは分かっていました。知らなかったら混乱したでしょうね。

 ハサミ男の視点のパートは語り手の男女を特定させない記述が心掛けられています。徹底されているので逆に違和感を感じました。どちらかと言えば男性的なしゃべり方をするのですが、主語が「わたし」は裏を疑いたくなります。過度の中立性は気持が悪いです。作為を感じました。

 いくつかヒントも出ていました。僕が気づいたのは「下着をつける」という表現。男性ならこの表現はしないだろうと思い、ほぼ確信しました。

 ただ、「ずるい」と感じることがほとんどなかったのでこの叙述トリックはお見事だなぁと思います。強引なところが少ないのでしょうね。気づいてしまったので面白くはなかったです。こういうのは振り回された方が楽しかったりしますね。こんな長い作品をもう一度読み直す気にはなりませんが。

真犯人の正体

 ハサミ男の性別取り違えのトリックに気を取られ、第三の事件の真犯人には驚かされました。全然分からなかったんですよね。母親かなぁなんて思っていました。日高という筋もありましたが、なんとなくこいつはただのデブだなと感じて捨てていました。そもそも叙述トリックに気づいていなかったら日高は選択肢にならないのですね。日高がハサミ男だと誤解させるのが叙述トリックの狙いでしたから。

 叙述トリックはどちらかというと離れ業な部類に当たると思いますが、真犯人の正体はまさに本格ミステリーのトリック。勘の良い読者はマークできると思いますが、僕はやられました。

 よくよく考えてみれば警察官らしからぬ行為をたくさんしていたのですね。彼は特殊な役職に就いているので許されるのだろうと思い込んでいました。読者の先入観を利用するという点では叙述トリックと同じなのかもしれません。思い込みというのは強力ですね。

ラストに関して

 第三の事件の真犯人は、なぜかハサミ男をかばうような言葉を残して自殺します。そのおかげで少しも疑われることなくハサミ男は逃げおおせます。なぜあんな事を言ったのが不思議ですよね。ラスト一行の「きみ、名前はなんていうの?」で締めたいと考えていて、そこに繋げるためにはそうするしかなかったのでしょうか。それとも完全に頭がおかしくなったとか。

 ハサミ男の妄想人格である「医師」がハサミ男の父親と似ているというのも謎です。「医師」自身は自分がハサミ男に抑圧された本物の人格だと言っていて、その解釈はハサミ男サイコパス性を説明できていると思います。なにかトラウマティックな出来事があって殺人鬼の人格が生まれてしまい、元の人格が乗っ取られてしまったという展開です。殺人鬼は自殺願望がありますから、心の奥底ではこの人格を消したがっているのかも。

 しかし「医師」が父親の投影だとするとまた話が変わってきますよね。第三の事件で殺された由紀子は父親の愛情に飢えていたと途中で言われていましたが、父の愛情を欲しがっていたのはハサミ男の方だった、という解釈はどうでしょうか。由紀子の家族を巡る考察は尻切れトンボで終わってしまった印象なので、ハサミ男自身の境遇とリンクさせるつもりならばもうちょっと突っ込むはずですかね。分からない。

 サイコパスは説明がつかない異常人格だと割りきってしまえば考察する余地はないのかなと思います。世の中には変なひとがたくさんいますね、ぐらいの割り切りで終わってしまいます。でもそんな淡白な読み方では物語の奥行きが広がっていかないですね。

 

 

 

 

最近読んだ本です。かるーい叙述トリックが仕込まれている物語でした。哲学的なお話が非常に面白かったです。

 

オススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

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