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【来るのか来ないのか】書評:田村はまだか/朝倉かすみ

田村はまだか (光文社文庫)

田村はまだか (光文社文庫)

 

概要

 小学校のクラス会の三次会で、遅れてくる「田村」を待つ男女5人。彼らの追憶が織りなす連作短編集です。第30回の吉川英治文学新人賞を受賞した作品です。

おすすめポイント

 40歳を迎えた登場人物たちの人生が凝縮された逸話の数々が並びます。それらは決して派手ではなく、渋くて苦みを含みますが、退屈ではありません。田村は来るのか、来ないのか。それもまた、最後まで読者をハラハラさせます。ネタバレなしで読んだ方が面白い作品なので、面白そうだと思ったらここでバックしてください。

感想

派手じゃないのに

 哀愁漂う大人な雰囲気がかっこいい物語でした。舞台は北海道すすきの。路地の奥にぽつんとたたずむバーでの会話をベースに物語が進んでいきます。登場人物の5人は旧友と酒を酌み交わし、それぞれが走ってきた人生をふと振り返ります。それをはたから見ているマスターの花輪は、心に残ったフレーズを黒い表紙のばね式帳面に書き込む趣味を持っており、書き留めるフレーズが物語のアクセントとなります。

 基本的にバーの中から外へ出ることのないこの物語は、一歩間違えば退屈な物語になってしまう恐れがあります。5人がそれぞれ思い出に浸る部分も淡々と語られるので、ドキドキ感はあまりありません。この物語にスパイスをきかせているのが繰り返される「田村は、まだか」の掛け声。

 田村はもう来ないまま、だらだらとバーで飲んで終わりなのかなと思いながら読んでいました。ここまで引っ張っておいて、高めた期待に沿えるだけの登場の仕方があるのかなと疑問に思ったのです。その予想は意外な形で裏切られました。田村は事故にあってしまった。これは、田村が目を覚まして感動のラストのパターンか。いや、その予想も裏切られました。なんだこれは。先が読めない。派手じゃないのに、ドキドキする。そんな作品でした。

人生から降りた人

 第2話の「パンダ全速力」が印象に残りました。主人公は社会人になりたての池内暁。不思議な雰囲気を持つ上司の二瓶正克にスポットが当たります。典型的な「新人しごき」に逢う池内を、いつも超然とした態度の二瓶がそばで見ている。

『二瓶正克は石田康夫より若く見えるが、それはきっと、かれが時間というものから降りたからにちがいない。そうだ、二瓶さんは降りているんだ、と、こう考えたら、もっと腑に落ちる。あのひとは会社からも人間関係からもひょっとしたら人生からも降りている。』

 そんな二瓶が怒鳴った出来事。

『全速力で走れよ、きみ』

 もう走れないと語る二瓶は、人生から降りてしまっているから、全速力を出せないのかもしれません。池内のフレッシュさになにかを託したのかもしれませんね。じんわりと尾を引く読後感のある作品でした。

 

 

伊集院静さんのエッセイに雰囲気が似ているなぁと思いました。