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【田舎の駐在警官の葛藤】書評:制服捜査/佐々木譲

制服捜査 (新潮文庫)

制服捜査 (新潮文庫)

 

概要

 北海道の片田舎に駐在さんとして勤務することになった川久保の活躍を描く連作短編集。2007年、このミステリーがすごい!で第2位をとった作品です。続編である「暴雪圏」も出版されています。

おすすめポイント

 川久保の人柄が素敵です。15年間の刑事経験と溢れる人情で田舎の事件を解決します。確固たる信念を持っているところが垣間見えるのがカッコいいですね。

感想

 人口数千人。町内の住民はほとんどが顔見知り。そんな田舎で駐在警官をすることになった川久保の物語です。彼が対峙することになるのは田舎の闇とでもいうべき事件たち。単なる殺人や誘拐という枠に収まらない、独特のスリルを味わえる一冊です。実際にありそうだから怖いと感じてしまうと思うのです。ビビらず立ち向かえる川久保に非常に好感の持てる作品でした。

逸脱

 いじめを受けていたとおぼしき少年が、バイク事故で亡くなった。事故が起きたと推定される時間には川久保が現場を通っていたのに、そこには何もなかった。いったいなぜ急に死体が現れたのか。操作が終了した半年後、急展開で事件が解決する。

 田舎の駐在である川久保には事件を捜査する権限がありません。逸脱はできない。ことなかれ主義の担当刑事に真相究明の機会を握りつぶされてしまいます。結局最後は偶然の力によって犯人が死ぬわけですが、あれで川久保は納得できるのでしょうか。己の無力さを呪ったりしないのでしょうか。

『おれはそれで、自分を納得させるつもりだ。おまえはどうだ?』という最後のセリフはカッコいいですが、それでいいのかなぁという思いもぬぐえない終わり方でした。川久保の内心を知りたいのですが、なかなか覗かせてくれませんでした。

遺恨

 一匹の飼い犬が銃で顔を撃たれて死亡。その数日後に、今度は牧場の経営主が犬と同じように顔を撃たれて亡くなっていた。雇っていた中国人労働者の仕業かと思われた事件は、川久保の推理により別の真相を見せる。

 24年前に前任の駐在が残した遺恨が引き金となった事件。今回も、田舎ということで穏便に済まそうとした結果が裏目に出てしまっています。しかし単純にことなかれ主義を批判しているわけではありません。田舎なのでちょっとしたことが大げさに捉えられてしまい、それがすぐに周囲に広まってしまう世界。

『その地域に赴任して長い駐在警察官として、もっとも望ましい正義を実現したのだと信じていたことだろう』

 前任者がやったことは必ずしも悪とは言えません。田舎という狭い世界のむずかしさを知りました。 

割れガラス

 カツアゲをしていた少年を叱り飛ばしてくれた大柄の大工。彼は真面目ないい男だったが、前科者だった。親からネグレクトされている少年をその大工に面倒をみてもらうことにした川久保。しかし、町の有力者に嵌められ、大工は町から追い出されてしまう。

 町の有力者が力を持っているあたり、田舎臭さを存分に感じさせてくれる作品です。しかし彼らも完璧な悪者として描かれているわけではなく、昔からのやり方で町内を丸く収めようと努力している人たちです。前科者が町にいることさえ気に留めてしまう善良な人たち。町で車上荒らしが頻発するようになったとき、大工を追い出しにかかるのです。

『駐在さんも、割れ窓理論ってのを知ってますよね?町が荒れるのは、最初は窓ガラス一枚からだ』

 例の大工が最初の割れ窓だと決めつける町民たち。しかしふたを開けてみると、車上荒らしの真相はまたしても以前から芽が出ていたまったく別の事件によるものでした。

『川久保は思った。この町の最初の窓ガラスが割れたのは、ずいぶん昔のことだったのではないか。』

 遠い昔に生まれた火種に気づくことは難しく、炎を上げるようになって初めて気づくはめになる。遠い昔に割れた窓ガラスに、当時の駐在さんは気づいていたのでしょうか。

感知器 

 町内で放火が頻発。町にはカルト集団や浮浪者が来ているとの情報ももたらされます。本部の捜査員が張り込んでホームレスを逮捕し、一件落着かと思われたこの事件。川久保はもう一人の放火犯を見抜いていました。

 せっかくのお手柄だったのに、川久保は一切の名誉を本部捜査員に譲ります。隠密操作の妨げになるので住民の夜回りをやめさせる苦労まで負ったのに。批判の矢面に立たされながらも手柄は挙げられない。なんともかわいそうな立場だなぁと思ってしまいました。

仮想祭

 他の短編の2倍ほどの長さを持つ作品です。13年ぶりに夏祭りに復活した仮想祭が舞台。このお祭りを自粛していた原因は、13年前に起きた少女の失踪事件です。当時は事件性がないと判断されていましたが、川久保が話を聞いているうちに、怪しい雰囲気を感じ取ります。そして13年前と同様にして、とある少女が失踪。捜索をする中で明かされたのは、犯罪者をなるべく出さないようにする田舎の因習でした。

『田舎町ってのは、なにより犯罪者を作ってほしくないんだ。それが田舎だ。田舎の駐在警官の任務は、だから犯罪者を出さないことだ。ときには町の側についてでも、犯罪者を出さないように努めなければならないのさ。でないと、実際に被害者のいる犯罪が起こった場合に、この町みたいなことになる。消防団も防犯協会も、警察の指示にそっぽを向くんだ。』

 ちょっとした性犯罪が発生した場合、犯人がこの町から追い出されると町全体に影響が出る恐れがあります。だから防犯協会がその事実を握りつぶしてきた。そんな驚愕の背景が町民の口から語られます。誰もがエコシステムの一員を担ってしまっている田舎だからこそ、波風を立てることなく処理したいという気持ちが強くなるというわけです。今はだいぶ薄らいだでしょうが、昔の田舎にはあったのだろうなという事情でした。最後は川久保が誘拐犯の正体を見破り無事逮捕となりました。圧倒的に悪いのは犯人なのですが、もう少しなんとなならなかったのかと思ってしまいます。

 すべての事件に共通して、川久保は自分の立場をわきまえながらも、その中で最も町民のためになるように頭を絞って行動をします。それは報われないことも多く読者は歯がゆい思いをします。川久保自身がどう思っているかはなかなか読み取れませんが、複雑な心境なのでしょう。彼は刑事として長年働いてきました。自分なりの正義があるはずです。でも駐在という立場は、ときにそれを貫き通せない。そんな葛藤が味わい深さを出している作品でした。

 

 

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