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【事件を捜査しない警察小説】書評:陰の季節/横山秀夫

陰の季節 (文春文庫)

陰の季節 (文春文庫)

 

概要

 警察という組織における管理部門にスポットを当てた警察小説。4篇の短編からなっています。表題作である「陰の季節」は松本清張賞を受賞しました。

おすすめポイント

 警察小説なのに事件を捜査する警官が主人公ではないという一風変わった作品です。警察という組織内部で発生するゴタゴタを、なんとか良い落とし所に持っていくために奔走する警官たちが描かれます。 

感想

 横山秀夫さんの作品はいくつか読んだことがあり、この短編集に近いコンセプトの作品もいくつか読みました。なので僕は特に違和感なくこの世界に入り込めましたが、初めて読む人にとっては物珍しいのかもしれません。

 64で登場した二渡真司が主役です。1作の主人公を張り、他の3作にも顔を出しています。もちろん役職は64と同じで、警察内の人事を司る立場。「エース」という彼のアダ名は、文字通り出世頭であるという意味の他に、人事権という「切り札」を握っているからだとか。かっこいいですね。64では悪者に近い描き方をされていましたが、今作では単なる切れ者という印象でした。この作品が初めて発表されたのが1998年なので、二渡は息の長い男なんだなと思います。

 警察内部のこじれにこじれた問題に直面する主人公たちは、あの手この手を尽くしてその場を収めようとしますが、上手くいかないこともあります。組織のために働いても、その活躍は誰の目にも触れないこともある。だけど、彼らはやりぬきます。もちろん自分の仕事であり、自分の身を守るためでもあるのですが、それ以上に警察という組織を大切にしているのだなという想いが伝わってきます。

陰の季節

 主人公は二渡。64でも登場した伝説の生え抜き元刑事部長である「尾坂部」が、天下り先から退くことを拒否したところから物語が始まります。暗黙のルールで誰もが任期を守ってきたのに、尾坂部はなぜ警察に迷惑をかけてでも天下り先の役職にしがみつくのか。二渡の必死の調査・説得も及ばず、ついに人事異動の季節がやってきてしまいます。

ホシはどこかで死んじまってるんじゃないかーそう思った奴は、そこでデカの寿命が終わる 

 最後の最後で明かされた真実は、壮絶なものでした。というか、ちょっと偶然が過ぎないかと思ってしまいました。刑事人生で挙げられなかったたった二人の犯人の内のひとりにして、娘を襲った暴漢。常に頭の中にあったと言われても、果たして犯人に偶然巡りあう確率なんてあるのか疑問でした。

地の声

 主人公は警察内の賞罰を管理する部門で働く新堂。警官の不祥事を裁く立場にある。曾根という警部の女性問題に関する内部告発を受けたところから物語が始まる。警視に昇進する最後のチャンスを控えた曾根を潰すかのごとく寄せられた告発を発したのは誰か。新堂はどのように処理するか。

 二転三転する推理の先の結末。ちょっとドキドキ感に欠けるかなというのが印象。このドタバタ騒ぎの顛末を二渡は完璧に見抜いていたのかもしれないとほのめかす終わり方でしたが、それが本当ならすごいですよね。一体どこからヒントを得て推理したのやら。

黒い線

 そっくりな似顔絵を描いたことで事件解決に貢献した平野という婦警が、そのお手柄が報道された当日に失踪した。すべての婦警を母のように見守ってきた婦警担当係長の友子は彼女の行方を探す。いくつかの手がかりが舞い込むものの、夕方になっても見つからない。真相は。

 警察内部の事件を描いているだけあって、なんともひねくれた事件でした。この結末は予想外。やられました。しかしよく考えてみると「地の声」と事件の根は同じ気がします。

 友子が抱える葛藤も物語を味わい深く仕上げる隠し味になっています。

自分の息子にも、後輩の婦警にも友子の手は届かない。差し延べようとすれば拒まれる。弾かれる。疎まれる。薬指の指輪が憎らしく見えた。何も相談できない。何も答えてくれない。 

 主人公は警務部秘書課の柘植。県議会対策が職務。定例議会で県警本部長が受ける質問をあらかじめチェックしていると、鵜飼という議員が「爆弾」をぶち込むとの噂が。爆弾の炸裂を阻止しようと奔走する柘植。その背後には予想外の陰謀が隠されていた。

 こんな仕事もあるのだなあと驚きます。そしてこんな仕事にも着目し、スリリングなミステリーを仕上げてしまう横山さんのすごさが光ります。

 最後まで何が起こるかわからない展開の末に、この物語は珍しくバッドエンドに終わった印象です。途中までは予想出来ても、その背後に何があるのかまったく分かりませんでした。 互いに武器を持ち合い、抑止力が働く関係になってしまったわけですね。怖い怖い。

 ラストの「一人でいい、友だちをつくれ」という言葉は、出世しか考えず、同期の集まりに顔を出していなかった自分を反省して浮かんだものでしょうか。友達がいれば、こんな気持ちにはならなかったのかもしれないと、後悔しているのですかね。

 

 

横山秀夫さんの他の作品

 この作品とは対照的に、事件現場からあらゆる証拠を拾い上げる検視官を描いた「臨場」。 

 

二渡が登場する「64」。

 

直木賞候補になった「半落ち」。

 

 

Kindle

陰の季節 D県警シリーズ

陰の季節 D県警シリーズ