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【理想の医療を目指す戦い】書評:イノセント・ゲリラの祝祭/海堂尊

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)

 
イノセント・ゲリラの祝祭 (下) (宝島社文庫 C か 1-8)

イノセント・ゲリラの祝祭 (下) (宝島社文庫 C か 1-8)

 

概要

 チームバチスタの栄光から続く田口・白鳥シリーズ第4弾。時系列的には、前作の「ジェネラル・ルージュの凱旋」との間に「螺鈿迷宮」が挟まっています。僕は螺鈿を読まずに本作を読んだのですが、本筋には影響はないと思いました。

おすすめポイント

 今回は患者さんもいなければ手術もありません。霞が関を舞台にした究極の論理バトルが見られます。日本の医療を憂いた海堂さんの想いがビシビシ感じられるメッセージ性の強い物語です。

感想

熱い想いと論理バトル

 本作に否定的な感想をたくさん目にしました。ざっと羅列すると「ずっと会議室にいるだけで面白くない」「官僚はこんなに悪くないとか」「小説をこんな風に意見陳述のツールとして使うんじゃない」などでしょうか。一理あると僕は思いますが、そんな批判にさらされるのも覚悟のうえで海堂さんはこの小説を書いたのではないかなと思いました。オレが書かなければならないという覚悟を感じるのです。その思いが乗り移った登場人物が、「医療界のスカムラージュ」こと彦根新吾でした。彼の発言には心を揺さぶるパワーがありました。海堂さんの心の叫びを体現していたからではないでしょうか。

右翼だの左翼だの、レベルの浅い話です。国家なんて一部の権力者たちの幻想の城にすぎない。何かの拍子に簡単に壊れる。でも医療が滅びたら人類は滅びる。だからたとえ国家が滅びようとも、医療は滅ぼしてはならない。つまり医療主義は、あなた方の想像もつかない深き淵から、世界に根づいている。医療を成立させるために国のかたちを変えて当然。医療主義者はそう考え、その世界の実現をめざし闘う、イノセント・ゲリラなのです。 

 この物語の主軸は、新しい検死システムの導入です。現場を変えたい医療従事者、お金のかかることは避けたい厚生労働省のお役人、医者に対してイニシアチブを取りたい法律家などが検討会で激論を交わします。頭の切れる人たちが頭脳の限りを尽くして繰り広げる論理バトル。彦根は胸に熱き思いを抱えながらも、理路整然と相手を追い詰めていきます。そこが非常にカッコいい。感情的に怒鳴り散らしても何も変えられない世界で、論理という武器を携えて突き進む姿はまさにイノセント・ゲリラです。

 僕はこのシリーズの論理を非常に重んじるところが大好きなので面白く読めましたが、そうではないひとにとっては退屈に感じられるかもしれません。チームバチスタの栄光は「このミステリーがすごい大賞」を受賞した立派なミステリー作品だったのに、今回は推理も治療もないのです。絵面だけ見ればただただ会議室で話し合っているだけ。この作品だけ映像化されていないのもうなずけます。

主人公は?

 彦根が目指す理想の社会は、医療を社会の根底に置いた新しいシステムを必要とします。それが果たしで実現できるのかといえば、物語の最後で漏れる本音を聞く限り彦根自身も無理だと思っています。でも、このままでは医者が疲弊して医療の根幹が崩れてしまう。だから自分を犠牲にしてでも国を動かしていこうと画策します。

 一方で、主人公は今まで通り田口です。でも彼には彦根のような燃え上がる情熱がない。そこがまた面白いところで、主人公がやる気をあまり見せないという変わった構図。

変化は継続した観察の中からしか見つけられないし、変化を見つけられるのはヒマ人だけだ。この会議の委員は誰もがみんな、制度をきちんと作りたいと願い、一生懸命働いていた。俺ひとりだけが、傍観者の如く会議を眺めていた。だから実は、こうした変化を見つけることこそ、そんな俺に課せられた使命だったのかもしれない、などとぼんやり自己正当化をしてみる。 

 結果的に彦根を大きく助けることにはなりますが、田口はあまり活躍しません。主人公なのにです。白鳥もそこまで暴れまわるということはしません。このシリーズは曲がりなりにも田口・白鳥コンビが主役のはずです。だから、小説としてこれでいいのか、という疑問はぬぐえません。

 

 とまあ、ここまでいろいろ書いてきましたが、好きか嫌いかで言えば僕はこの作品が好きです。多少のリスクがあったとしても「イノセント・ゲリラの祝祭」という形で世の中に問うてみたいことが海堂さんにはあったのでしょう。それはとても立派な心意気だと思いました。

 

 

 バチスタシリーズ2巻。

バチスタシリーズ3巻。