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【愛と数字の暖かさ】書評:博士の愛した数式/小川祥子

博士の愛した数式 (新潮文庫)

博士の愛した数式 (新潮文庫)

 

概要

 第1回本屋大賞を受賞した作品です。寺尾聡さん主演で映画化もされました。交通事故の後遺症で記憶障害になってしまった博士と、そのもとに通う家政婦、さらに家政婦の息子の3人の交友を描いた物語です。

おすすめポイント

 設定だけ聞くと悲しい物語に感じますが、暖かさに満ち溢れた作品でした。優しい気持になれます。

感想

 「博士」は80分しか記憶が保持できません。その設定をあらかじめ知っていたので、きっと悲しい物語なのだろうと覚悟して読み始めました。しかし、この物語は暗い悲しみに覆われてはいませんでした。悲しみを包み込むような暖かさが際立つ物語でした。

暗示と数学

 作者の小川さんは明示することを意図的に避けているかのような表現をされています。博士の背負っている悲しみは必要以上には文章化されません。「家政婦」と「ルート」の家庭も、決して裕福な暮らしができる余裕はないのですが、悲壮感を表現することはありません。文章化してしまったら胸が塞ぐ話もあったはずです。迫り来る恐怖も、過去の人間関係も、いろいろなものが暗示で済まされ、背景の一部になっていました。だから暗い気持ちにはなりませんでした。

 暗示を中心に構成された物語はぼやっとした印象になるはずです。しかし暗示と対極に位置する要素が存在感を放ちます。それが数学です。

物質にも自然現象にも感情にも左右されない、永遠の真実は、目には見えないのだ。数学はその姿を解明し、表現することができる。なにものにもそれを邪魔できない。 

 数学の中でも、博士は整数論を専門としています。曖昧さが極限まで削ぎ落とされた、純然たる数の世界を博士は生きています。数字は絶対的です。数字の世界を貫く定理には一切の曖昧さがありません。ぼんやりと書かれた悲しいエピソードと、具体的に書かれた整数論特有の面白さが、この物語には同居しています。

静けさと野球

 脳に障害を負ってからも、数字の世界で生き続ける博士。彼の世界観は、静けさという言葉に凝縮されています。

正解を得た時に感じるのは、喜びや解放ではなく、静けさなのだった。あるべきものがあるべき場所に納まり、一切手を加えたり、削ったりする余地などなく、昔からずっと変わらずそうであったような、そしてこれからも永遠にそうであり続ける確信に満ちた状態。博士はそれを愛していた。 

 この静けさと対極にある要素が、この物語に動きをもたらします。それが家政婦の息子である「ルート」であり、ルートと博士が愛する野球なのです。3人が阪神タイガースの試合を観戦しに球場に行くエピソードが描かれていますが、ひっそりとした博士の部屋でのシーンとの対比が鮮やかでした。球場に集まったファンのざわめきと熱気が脳裏に浮かんできました。

 球場のシーンのハイライトは、観客席に飛び込んできたファウルボールからルートを守ろうと身を投げ出す博士の姿でしょう。他の場面でも、博士の示すルートへの愛は印象的でした。

彼はルートを素数と同じように扱った。素数がすべての自然数を成り立たせる素になっているように、子供を自分たち大人にとって必要不可欠な原子と考えた。自分が今ここに存在できるのは、子供たちのおかけだと信じていた。 

 いつ、どんなときも、ルートには変わらない愛情を注ぐ博士。記憶が長く保たない博士ですが、子どもへの愛情は変わらずに持ち続けることができるのです。博士の生き様が悲壮感にまみれていない最大の理由は、ルートを愛していたことだと思います。ルートを見守る目線は暖かく、ルートのためを思う行動は力強かったです。

 「記憶障害の老人」というキーワードを聞いて、誰がこんなに暖かい物語をイメージ出来たでしょうか。数学と、子どもとのふれあいと、阪神タイガース。鮮やかな語り口と、秘密は秘密のまま物語の幕を引く勇気。すべてが美しく調和した見事な小説でした。Aランクに入れます。

 フェルマーの最終定理という本を昔読んだことを思い出しました。美しき数学の世界に魅入られた数学者の挑戦を描いた作品です。数学に関する物語が(こちらはノンフィクションですが)読みたくなった方におすすめです。

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

 

 

 

Kindle版 

博士の愛した数式 (新潮文庫)

博士の愛した数式 (新潮文庫)

 

 

 

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