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【抑圧と解放の王道ファンタジー】書評:獣の奏者 1闘蛇編, 2王獣編/上橋菜穂子

獣の奏者 1闘蛇編 (講談社文庫)

獣の奏者 1闘蛇編 (講談社文庫)

 

概要

 獣と密接なかかわりを持つ異世界を舞台にしたファンタジー長編です。NHK系列でアニメ化されて話題になりました。全4巻の作品ですが、2巻で一旦物語が終結するので1巻と2巻を合わせた感想を書きます。 

おすすめポイント

 心躍る王道のファンタジーにして、大人のダークな部分がにじみ出る重厚的なお話です。夢中になって読み進め、最後には深い感動を味わえる作品です。

感想

清濁併せ呑む主人公エリンの人柄

 主人公のエリンが、母親と悲劇の死別をするところからスタートするこの物語。心に深い傷を負ったエリンは、常に心に暗いものを抱えていて、それが見え隠れします。こういう単純ではないキャラ設定は個人的にすごく好きです。

 交わってはならないとの戒律を破って生まれた混血のエリン。定められたルールを守らず獣と心を通わせるエリン。彼女は自分が世の中の異端であることを認識しながら、しかし自分の生き方を貫こうとします。鋼の心を持っているわけではないので常に葛藤を抱えているのですが、それでも己の信念を曲げずに力強く生きるその姿に心を打たれます。

 エリンの成長に驚かされることがたびたびあるのです。状況も分からず母親の元へ向かってしまった幼き日のエリンは、ジョウンの下で育てられた時期、そして王獣舎での生活を経て、たくましく成長していきます。特に王獣舎を出てから降りかかる苦難と、それに伴う精神的な成熟は目を見張るものがあります。

人というものが、こんなふうに物事を考えて、進んでいく生き物であるのなら、そのまま行ってしまえばいい。人という生き物がころしあいをしながら均衡を保つ獣であるのなら、わたしが命を捨てて〈操者ノ技〉を封印しても、きっと、いつかまた同じことが起きる。そうやって滅びるのなら、滅びてしまえばいい・・・ 

 人間の愚かさを痛感し、もう滅びてしまえばいいとなげやりになるエリン。いつからこんなに大人になったんだっけと目を丸くしてしまいます。今まで純粋に育ってきたと思っていたエリンは、僕が気づかぬ間に現実をすっかり認識していました。

 そのことを僕は寂しく思いました。人間界の下らない黒さに触れないでいてほしかった、と。でも、現実は現実であり、僕らも再確認することになるのです。ああ。この下らなさが人間なんだと。

抑圧と解放、そして破壊

 上で少し触れたように、ただのファンタジーではないのです。獣と人間が心を通わせることが1つのテーマになっていますが、しかしそれに終止しているわけではありません。獣と人間の関係を通じて、人間と人間の関係性を考えざるをえないのです。

音無し笛で王獣や闘蛇を硬直させるように、あなた方は、罪という言葉で人の心を硬直させている。そんなやり方は、吐き気がするくらい、嫌いです

 とてつもなく強い力を持った王獣と闘蛇は、音無し笛という笛で気絶させることができます。それが彼らを手懐ける唯一の手段だとルールで決められていますが、エリンはこれを嫌います。獣達の野生の生態を壊す力を持っていることを観察によって見抜くからです。

 音無し笛を介した獣と人の関係は、抑止力を手元に控えた人間同士の関係に還元できます。直接的な武力が抑止力になったり、「罪」のような言葉で相手を縛ることも抑止力の一種だと考えられます。何かに従うこと、何かを従わせること、上下関係、支配関係、枠にはめ込むこと、鎖に繋ぐこと、そんなことが次々に頭をよぎります。

 この物語では何かに縛られている存在がたくさん登場します。人に操られる王獣や闘蛇もそうですし、城に縛り付けられている真王も、真王の盾として生きることを強いられるセザルもそう。何かに支配され、抑圧されています。

 そしてそれは情報を制限されている場合も同じ。

 一生を王獣の保護に捧げている自分たちにさえ、知ることを許されぬ、なにかがある。それが、エサルは腹立たしかった。人を無知なままにして、まにかを守ろうとする姿勢が、エサルは吐き気がするほどに嫌いだ。判断は、事実を知ったあとにするものだ。事実を知らせずにおくということは、判断をさせぬということである。 

 無知なままにしておくことでもやはり、人を縛ることができるのです。

 上で挙げた形のある抑圧や形のない抑圧もすべて、エリンの行動によって打ち払われていきます。最初は小さな小さな存在にすぎなかったエリンは、国の根幹を揺るがす力を手に入れ、すべてを解放します。

 物語は非常に綺麗にハッピーエンドを迎えます。対立構造によって作られた憎悪の感情は残るかもしれませんが、あらかたの抑圧はすべて解放されて、ゼロからのスタートになってしまう。その破壊の過程がこの物語だったといってもいいと思います。

 エリンの旅路は決して平坦ではありませんでした。苦難の連続でした。ラストで聞けるエリンの本音は、彼女のここまでの努力を全て物語る最高に美しいセリフです。感動しました。

(ー知りたくて、知りたくて・・・)エリンは、心の中で、リランに言った。おまえの思いを知りたくて、人と獣の間に狭間にある深い淵の縁に立ち、竪琴の弦を一本一本はじいて音を確かめるように、おまえに語りかけてきた。おまえもまた、竪琴の弦を一本一本はじくようにして、わたしに語りかけていた。深い淵をはさみ、わからぬ互いの心を探りながら。ときにはくいちがう木霊のように、不協和音を奏でながら。それでも、ずっと奏で合ってきた音は、こんなふうに、思いがけぬときに、思いがけぬ調べを聞かせてくれる。おまえにもらった命が続くかぎり、わたしは深い淵の岸辺に立って、竪琴を奏でつづけよう。天と地に満ちる獣に向かって、一本一本弦をはじき、語りかけていこう。未知の調べを、耳にするために。

 深い断絶が横たわる関係も、両者が諦めず歩み寄る努力を続けて入れば、いつかきっと分かり合える瞬間がある、そんなメッセージを受け取りました。誰でも楽しめて、大人には大人なりの気付きがある素晴らしい物語でした。Aランクに入れます。

 3巻と4巻も読み次第感想を書きたいと思います。

 

2巻はこれです。

獣の奏者 2王獣編 (講談社文庫)

獣の奏者 2王獣編 (講談社文庫)

 

 

 

 獣の奏者にハマったひとは是非ブレイブストーリーも読んでみてください。こちらも大人が十分に楽しめる内容です。 

 

 

 

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