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本と本の意外な「つながり」ってありますよね

【山で繋がる警察小説】マークスの山/高村薫

マークスの山(上) (講談社文庫)

マークスの山(上) (講談社文庫)

 

概要

 高村薫さんが直木賞を受賞した作品です。上川隆也さん主演で映像化もされています。主人公は警部補の合田雄一郎。彼の活躍はシリーズ化され、「照柿」や「レディ・ジョーカー」などでも描かれています。

おすすめポイント

 思いっきり無骨な警察小説です。刑事たちの手柄争いとそれに伴う葛藤を堪能できる作品です。キーワードとなる「山」を背景に、過去と現在が入り交じる重厚なミステリーです。

感想

警察小説の最高峰

 とある殺人事件を捜査することになった合田。単純な事件かと思いきや、背後にきな臭い雰囲気を嗅ぎとります。どこからか横槍が入り、思うように捜査が進展しない内に2件目の事件が起きてしまいます。

 一方で事件の犯人と思しき青年「水沢」の視点も登場しますが、殺人事件にどのように彼が関わっているのかが不明瞭。何か薄暗い事情が裏にあるのは感じますが、なかなかその正体がわかりません。

 ジリジリと、まるで高い山に登るかのように解明されていく謎。刑事たちは抜け駆けや衝突を繰り返し、徐々に真相に近づいていきます。その様子はすごく生々しくてスリリングです。

年がら年中顔を合わせ、角を突き合わせ、怒鳴り合い、悦び合い同じ成果と失意を共有してきた男らも、ときどきに生活も感情も違う他者の分厚い壁を見せる。捜査が微妙な山場を迎えているそのときに、ふいとそんな壁を見せる方が悪いか、見せられる方が悪いか、合田はちょっと考えてみたが、たぶん後者だという答えは初めから出ていたような気もした。いったん捜査にかかると、事件で頭をいっぱいにすることで逆に自分を慰め、事件が山場を迎えると、今度はまだ何かある、まだ何かあると執拗に探り続けて、自分の無為を救おうとする。そうして私生活も何もない空っぽの人生を埋めている男に、たとえば今夜は広田が「ノー」と言ってくれただけだった。 

 妻と離婚し一人刑事として生きている合田。一方で同僚は結婚している人が多く、すれ違いが起きてしまいます。一見すると無骨な物語で、ただただ謎を追いかけるミステリーに見えるのですが、内面の葛藤も鋭く浮かび上がらせています。外側と内側のバランスがお見事でした。

 文章が胸に響いてきます。言葉の重ね方、感情の表現の仕方などなど、少し読み進めづらいところもあるのですが、物語の雰囲気にぴったりです。

所轄時代から六年の付き合いになる同僚の感情も、過去の事件に引きずり回されて大揺れもいいところの自分自身の感情も、どちらもが今はただ不快で不安だった。自分の尻に火がついているときに、真っ先にやったのが、同僚一人を脅しすかして道連れにすることだったか。こうしている間にもいつ四件目の犯行に及ぶか知れないホシを逃しながら、とにかく刑事の自尊心とやらを自分に確認するのが先だったか。そうか、これが自分という人間の正体か。認めるも認めないも、合田はただ不快で不安だった。 

 真相の解明か、己の保身か。合田の刑事魂が問われます。「警察小説の最高峰」との宣伝文句がついていますが、外と内の両面から刑事のすべてを描こうとしているところに作者の気概を感じます。

なぜ山に登るか

 物語には終始「山」が関わってきます。おそらく高村さんも登山の経験があるのではないかと思います。登山のルートや装備品に関する詳細な記述がたびたび出てくるだけではなくて、登山の精神的な部分に深く切り込んでいて、これは実際に体験しないと書けないよなあと思ったからです。 

山に登ると、日常の雑多な思いは面白いほど薄れ落ちていき、代わりに仕事や生活や言葉の 覆いをはぎ取られた自分の、生命だけの姿が現れ出る。凝縮され、圧延され、抽出され、削ぎ落とされていくそれは、自分でも驚くような異様な姿をしているのが常だったが、その体感は一言でいえばこの世のものでない覚醒と麻痺だった。登り続けるうちに鼓膜が耳鳴りを発し、皮膚は寒さを感じなくなり、筋肉や心臓の苦痛が陶酔になる。その麻痺が、ほとんど死に向かう爆発や開花のようになる。ザイル一本で天空にぶらさがった身体に満ちる歓喜は、生命の最期を待ち望む一瞬に近く、底雪崩の轟音に耳をすます身体の鈍麻は、おそらく死そのものの鈍麻に近かった。その異様な一刻一刻が、或る強烈な心地よさと解放感に変わる瞬間があった。合田はある時期、そうして自分や加納がなぜ、より高くより険しい過激な登山を繰り返すのかを知ったが、自己破壊の、あのおぞましい衝動を止めることが出来るぐらいなら、初めから山には登っていなかった。

 他人から聞いただけでこんなにかっこ良い文章が書けるものでしょうか。僕はたぶん書けませんね。

 「そこに山があるから」という有名なセリフがありますが、合田はそれよりも具体的に登山の楽しみを語っています。命を削るようなスリルを楽しむために登山を繰り返していたと。登山をまったくしたことがない僕には狂気だとしか思えません。

お互いにさまざまな感情や生活や仕事の問題を抱えながら、話し合う言葉を持たず、自分の向かうべき方向を知らず、何もかも叩き潰すようにしてひたすら登り続けたのが山だったのだ。しかしまた、ほんとうはどうだったのだろうかと合田は思った。そうしてむき出しの生死を共有することで、ほんとうはどれほど強い感情がそこに生まれていたか。身体の麻痺と生命の興奮の刹那に、どれほど倒錯した執着が生まれていたか、と。浅野剛が慎重に言葉を選んで遺書に記したのは恐怖と麻痺だけだったが、野村久志を埋めた五人の間に、なにがしかの至福感はなかったと言えるか。十三年経って過去を振り返る浅野の言葉のすみずみに、おぞましい郷愁はなかったと言えるか。山とは何だろうー。  

 「むき出しの生死を共有することで」生まれる強い感情があると合田は自分の経験から予測し、山に人を埋めた5人の狂気に思いを馳せます。「なにがしかの至福感」とありますが、頂上に到達した達成感を分かち合うように、殺人をやってのけた仲間たちとの思い出に何らかのポジティブな感情、「おぞましい郷愁」が生まれていたのではないかと、合田はそのように想像したわけです。僕には全然理解できたものではないのですが、心の奥に潜む感情をここまで緻密に分析できるものかと、そしてそれを書こうと思うのかと驚愕した次第です。

 ラストシーンは美しい富士山を拝んでの幕ぎれとなります。なぜ水沢は北岳に登ったのか、イマイチ不明瞭だったその動機は、最後に鮮やかに解明されます。真知子が見たいと言っていた富士山が見えるから。鳥肌が立ちました。(まあ明言されたわけではないんですけどね。)

 ここで合田が山に登る理由との対比構造が見えるわけです。誰かのために山に登った水沢と、スリルを求めて山に登っていた合田。合田自身もきっと思うところがあったでしょう。

 また、水沢は外から見ればどうしようもない凶悪犯なわけですが、彼の内面を理解し、優しく連れ添った真知子に、もう少し救いが訪れてほしかったなと思いました。

 

下巻はこちら

マークスの山(下) (講談社文庫)

マークスの山(下) (講談社文庫)

 

 

その他、僕が読んだ警察小説

横山秀夫さんの警察小説はいくつか読みましたが、どれも面白くて大好きです。 

 

佐々木譲さんの書いた田舎の警官が奮闘する物語。

 

 雫井脩介さんが書いた奇抜な捜査が行われる警察小説。

 

 

オススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

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