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【雨が呼んだ不条理】書評:龍神の雨/道尾秀介

龍神の雨 (新潮文庫)

龍神の雨 (新潮文庫)

 

概要

 大藪春彦賞を受賞した作品。2組の兄弟を主人公に据えた悲劇の物語です。

おすすめポイント

 鬱々として悲しい物語ですが、トリックが仕込まれており、その謎が明らかになる中盤以降はかなりスリリングでした。あまりにも過酷な運命を背負ってしまった兄妹の姿は訴えかけてくるものがあります。

感想

道尾さんの仕掛けた罠

 両親を亡くした2組の兄弟の物語です。片方は継父の横暴に耐えながら暮らす兄の蓮と妹の楓。もう片方は実母のようになりたいと努力する継母と暮らす兄の辰也と弟の圭介。主に蓮の視点と圭介の視点から物語が進みます。

 蓮は働かずにぐうたらと暮らす継父を憎んでいます。妹に手を出そうとしたことをきっかけに、継父を殺そうとします。この設定は貴志祐介さんの「青の炎」と似通っていたので、蓮がいかにして継父を殺し、そしてバレずに生き延びるかというクライムサスペンス的な話に進んでいくのかなと予想して読んでいました。

 しかしそれが実は間違った先入観でした。真犯人が別にいるという可能性が頭から消えてしまって、道尾さんの仕掛けた罠にまんまとハマったしまいました。

 序盤はとにかく鬱々とした展開が続くのですが、仕掛けられた謎が姿を見せる中盤はすごくスリリングで面白かったです。叙述トリックとまではいかないのですが、黒幕の姿は巧妙に隠されていて、「あっ」と思ったときにはもうネタバレが始まってしまいました。気づくのが遅すぎました。

 道尾さんは常々「文章でしかできないことを」ということを仰っています。

作家の読書道:第78回 道尾秀介さん | WEB本の雑誌

 この作品よりもそれが顕著に現れた作品はたくさんあると思いますが(向日葵の咲かない夏とか有名ですよね)、根底にあるものはやはりそれなのかなと思いました。

 辰也と圭介の実母の死の真相に関しても、父が殺した可能性や継母が殺した可能性も微妙に残す絶妙な書き方がなされているわけです。言葉の持つ魔力を最大限に活かしています。

悪運を呼び寄せたもの、遠ざけたもの

 物語中で蓮は「いったいどこが最悪なのだ」ということを度々口にします。蓮たちの運命はとにかく悪い方へ悪い方へと転がり続けるのです。ラストではさらに人を殺めてしまいますし、「継父は実は死んでいなかった」との捨てゼリフも、確かめようがないという点で最悪の捨てゼリフです。 

 一方の辰也・圭介はハッピーエンドとまではいかないものの、良い方へと転がりだして物語が終わります。ここで目を引くのが下の圭介の回想。

しばらく前、圭介はほんの束の間ーたぶん数十秒のあいだだが、兄の心境がすべて理解できたような気持ちになったことがある。テレビで「サザエさん」を見ていて、仲良し家族の笑い声が胸に迫ったときのことだ。兄は、不幸でいたいのかもしれない。自分のことを可哀相だと思う瞬間の、この甘いような、花の奥がちりちりするような感覚が、兄は好きなのかもしれない。だから万引きしてきた商品をわざとテーブルの上に置いておいたりする。里江に叱られ、自分はなんて不幸なんだろうと歯を食いしばり、またあの感覚を味わいたいと思って。

 圭介の分析では、辰也は不幸になりたがっていました。本心かどうかはわかりませんが、不幸を望んだ辰也はハッピーになり、悪運の出口を求めてもがいていた蓮たちはどん底へと落ちてしまいます。なんという不条理な世界でしょうか。でも、それが実は現実によく起きたりするんですよね。

どこかで雨が降る。そこに人がいる。傘をさすのか、濡れて歩くのか。それとも立ち止まり、首を縮めながら、雨がやむのをじっと待つのか。何が正しいかなんて誰にも判断することはできない。しかし行動の結果は思わぬかたちとなって牙を剥き、人の運命を一瞬でコントロールしようとする。ときには人生の足場を跡形もなく消し去ってしまう。それでも最初の選択は当事者の胸に押しつけられる。人は、手にした傘と空とを見比べて立ち往生するしかないのだろうか。

 この世界では、「最初の選択は当事者の胸に押し付けられる」と蓮は言います。選択の結果がどんな影響を及ぼすのかは誰にもわかりません。一瞬で今までの世界が崩れ去ってしまうかもしれません。それでも僕らは常に選択をしなければならず、そしてその責任や失敗した時の後悔は自分が被ることになるのです。 

しかし、だから何だというのだ。雨は決して人を動かしたりはしない。いくつもの場面場面で、自らの行動を決めてきたのは自分自身だった。罪を犯してしまった者が許しを請うことなど、できるはずもない。この手で他人の人生を壊してしまった自分には、もう二度と晴れた空を見上げる資格などない。この雨が降りはじめる前に戻ることができるなら、自分はどんなことでもするだろう。最後に暗い空を振り返り、蓮は思った。日々は、決して晴れた日の川面のようにきらきらと光ってはいなかった。それでも自分の人生は、小さなことで笑い、そのかわり小さなことでも泣いている、平凡で緩やかな川だった。見知らぬこんな場所に流れが行き着いてしまった理由を、蓮は無数の雨滴の先に見つけようとした。しかし、そこにはただ黒々とした闇が広がっているだけだった。いつだって、気づいたときには手遅れなのだ。

「いつだって、気づいたときには手遅れなのだ」というのは蓮が何度か心の中で思うセリフです。上の引用にも現れているように、蓮は実はすごくネガティブな性格をしているのかもしれません。物語では前を向いて頑張ろうとしている様子が描かれていますが、ところどころにすごく後ろ向きな一面がかいま見えるのです。それが悪運を呼び寄せてしまったと考えるのは、スピリチュアルすぎるでしょうか。

 

 

道尾さんの他の作品。こちらも巧妙な罠が仕掛けられていて面白かったです。 

 

叙述トリックの王道といえばこれですよね。緻密な作品でした。 

 

 

オススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

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