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【見えない戦争に気づけるか】書評:となり町戦争/三崎亜記

となり町戦争 (集英社文庫)

となり町戦争 (集英社文庫)

 

概要

 三崎亜記さんのデビュー作です。小説すばる新人賞を受賞しました。また、直木賞の候補にもなりました。となり町と戦争することになったのに、主人公には全然その様子が目に見えません。この戦争の果てに主人公は何を見るでしょうか。

おすすめポイント

 大きなストーリーの起伏はありませんが、深く考えさせられる作品です。

感想

 ある日突然、隣町との戦争に参加させられることになった主人公の北原。戦死者の報告はあるのに、その戦争は影も形も見ることができません。まったくいつも通りの日常。北原に課せられた偵察業務も、普段の街並みを見回っているにすぎません。いったい、この町で何が起きているのか。

 なにか大きな謎やトリックが仕込まれているのではないかと最初は疑って読み進めていました。「戦争」という言葉がまったく別の意味を持っている可能性を疑ったりしていました。最後まで読んでみると、そういう物語ではなかったことがわかります。この物語は素直に目に見えない戦争を描いた物語でした。

 北原の身の回りにはほとんどなにも起きません。目の前で大切な人を失ったりしません。だから北原は戦争を実感できないのです。でも、戦争は実際に起きているのです。自分とは遥か彼方にあると思っている戦争が実は身近にあったりするんだよ、と作者は伝えたいのではないかと思いました。主人公の偵察業務はまるで戦争に参加しているとは実感しがたいものでしたが、実際の戦争でも実はそういうものなのだと。関係ないと思っていることが実は戦争に加担している行為で、まわりまわって人を殺しているのかもしれないのです。 

 起伏のない、当たり障りない物語のようですが、読み終わって考えてみると裏に強いメッセージを感じる作品でした。もっと自覚的になれよと訴えかけてきます。

あはたはこの戦争の姿が見えないと言っていましたよね。もちろん見えないものを見ることはできません。しかし、感じることはできます。どうぞ、戦争の音を、光を、気配を感じ取ってください。

 遠すぎて見えない戦争が起きています。僕らはそれを直接見ることはできませんが、想像することはできます。 想像しなければなりません。

僕たちが戦争に反対できるかどうかの分岐点は、この「戦争に関する底知れない恐怖」を自分のものとして肌で知り、それを自分の言葉として語ることができるかどうかではないかと。スクリーンの向こうで起こっているのではない、現実の戦争の音を、光を、痛みを、気配を感じることができるかどうか。 

 戦争に反対できる人は、戦争を真に知っている人です。戦争の恐怖を知っている人です。だから戦争をもっと知るべきなのだと思います。

 ただ、この物語は最後の方を抽象的な言葉でぼんやりと締めるのです。だから、なんとなくぼんやりとした印象しか残りません。

考えてみれば、日常というものは、そんなものではなかろうか。僕たちは、自覚のないままに、まわりまわって誰かの血の上に安住し、誰かの死の上に地歩を築いているのだ。ただそれを、自覚しているのかどうか、それが自分の眼の前で起こっているかどうか。それだけの違いなのではなかろうか。僕はもう、自分が関わったことが戦争であろうが、なかろうが、そんなことはどうでもよくなった。たとえどんなに眼を見開いても、見えないもの。それは「なかったこと」なのだ。それは現実逃避とも、責任転嫁とも違う。僕を中心とした僕の世界の中においては、戦争は始まってもいなければ、終わってもいないのだ。 

 見えなければ「なかったこと」と言ってしまっています。それでいいのかと。わからないものはわからないじゃないかと開き直ったように感じます。せっかく面白い設定で重要な問題提起をしているのに、ちょっともったいないなと思ってしまいました。

僕はまた、変わらぬ日常へと戻っていく。もちろん、戦争の影を見ることがなかったとはいえ、この半年間の「特殊な日々」は、僕を容易に以前の変わらぬ日常へとは復帰させないかもしれない。それでも僕は、「僕の意志」として、「変わらぬ日常」を生きようと思う。誰かの死によっても変われなかった自分のままで生きようと思う。こうした、変わらぬ日常のその先にこそ、戦争は、そして人の死は、静かにその姿を現わすのだから。 

 変わらぬ日常を生きることが大事なのだと説いて終わるラスト。今までの日常をほんの少しだけでも変えようというメッセージなのかと思いきや、まったくいつも通りでいいと言っているような感じ。主張のブレを感じてしまうのは僕だけでしょうか。

 


テーマとしては伊坂幸太郎さんの「魔王」に近いのかなと思いました。自分だけが自覚できるおかしさに、声を上げることができるか否か。

 

 

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A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

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