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【時代の流れ】書評:岳飛伝 十六 戎旌の章/北方謙三

岳飛伝 十六 戎旌の章

岳飛伝 十六 戎旌の章

 

概要

 水滸伝、楊令伝に続く北方謙三の北方水滸伝第3部。その16巻です。

感想

 16巻目ということで岳飛伝も佳境に入ったのではないでしょうか。この巻は最初から最後まで戦ってばかりでした。

戦の形

 今まで、大きな戦があると物語も急速に進展していきました。戦がないところでも様々な動きがあったものです。しかし、この巻では戦が続いた割には物語に進展が少なかった印象を持ちました。

 その理由を複数の武将が語っていました。今までとは国の形が変わったために、戦の形も変わったのだと。

物流の道ができてしまえば、それでいい。つまり国が、かつての国としての力を持たなくなる。それは、ショウケンザイの考えだった。国の形骸に、かつて形骸ではなかったころの力が残っていれば、面倒なことになる。つまり、軍だ。旧宋は、ホウロウの乱のころ、実は倒れていた、と見ることもできる。しかし、強力な軍を、童貫という稀代の軍人が率いていた。それだけで、戦おうとする相手にとっては、圧倒的だったのだ。国が形骸となっても、軍が健在ならば、国としての力は持ち得る。いまの金国は、それに近いかたちになっていないか。 

 物流によって、国というシステムはどんどん形骸化します。しかし、強い軍事力を保持しているならば、その形骸もそこそこの存在感を発揮します。旧宋は腐りきっていましたが、軍事力があったので当時の梁山泊に負けませんでした。

大将を討ち取っただけで勝てるというほど、この戦はたやすいものではなくなっている。そのことを、梁山泊の指揮官ははっきりと理解して闘っていた。斜室も、そして沙ケツや阿刺の部下たちもそうだろう。残酷な戦だった。できるかぎり、兵を削り落とす。軍を軍ではなくしてしまう。そこから、別のものがはじまるのだ。史進が、コエンリョウが、自分に向かってくる。それは多分、古い戦を懐かしんでのことだ。 

 これからの戦は大将が死んだら終わりではありません。軍事力を減らさなければなりません。軍を完膚なきまでに潰す、つまり、兵力をできる限り削りあうことが今回の戦の目的なのだと武将たちは考えているのです。

 大きな戦いが起きているのにその割には物語が進展しないのは、ただただ兵力を削り落としているだけだからなのかもしれません。そこには華々しさなど欠片もありません。その中で、史進やコエンリョウやウジュは、戦術を駆使して相手の大将の首を取る往年の戦を楽しみたがっているのでしょう。僕としても、そっちのほうが面白いと思います。しかし、時代の流れは容赦がありません。

北と南

 ますます注目すべきは胡土児でしょう。あまり史実を知らないのでどうなるかまったく想像がつきません。

肉を焼く準備を、胡土児は見ていた。このあたりの香料を、胡椒と呼ぶことが多い。胡とは、中華以外の土地であり、南の香料も胡椒と言ったりするらしい。胡土児という名は、中華の外の土地の児ということなのか。ならば自分は、北辺で暮らすのが、最もふさわしいのではないか。 

 なんて意味深なセリフでしょうか。中華を一時離脱した彼が、もう一度戻ってきて「胡土児伝」が始まったりして。

 南宋は危うさを感じます。秦膾がいよいよおかしくなってきました。

戦に勝者などいないと、最初に見きわめたのは、梁山泊ではないだろうか。旧宋と戦い続けてきた。旧宋を倒しても、国らしい国を作ろうとしなかった。ある地域を、自分たちの領分のようにして、交易の手を方々にのばした。戦に勝者などいないという考えどころか、これまでの国の姿など、形骸にすぎない、という考えに至ったのではないか。動きを見ていると、これと指せる国に、大きな関心を持っているとは思えないのだ。それなら自分は、ただ形骸である国を、守ろうとしているだけなのか。なにもかも欲しい。そう思いながら、こういうことも考えてしまう。自分が、早晩死ぬと思うようになってからは、常にそうだった。 

 人間は老いには勝てませんね。これも時代の流れでしょうか。広い視野で戦況を見つめられなくなっているような感じです。 南は岳飛とシンヨウのコンビネーションにやられてしまいそうな雰囲気です。とは言っても、程雲はけっこう強い武将です。さらに石信という有力な将軍も出てきましたし、一筋縄ではいかないでしょう。

最期の百八星

 そして兵力を削りあうだけだった梁山泊vs金との戦は、最後の最後で大事件が起きました。まず、無謀な作戦を指揮した罪で3人の将校がウジュに処刑されます。衝撃だったのは、血のつながっている海陵王も容赦なく処刑されてしまったところです。直接的には書かれていませんが、ウジュがあそこまで言ったのなら、命はないでしょう。ウジュの強さを改めて垣間見た瞬間でした。容赦の欠片もありません。

 さらにその直後、史進の突撃によってウジュは死亡し、史進も瀕死の傷を負います。長年梁山泊を苦しめ続けてきたウジュのあっけない最期。そして、史進もここでお別れなのでしょうか。あの章はなんだかどちらに転ぶのかわからない書き方だと思いました。今まで、他人目線で梁山泊の戦士の死が描かれたことなどほとんどないような気がしますし、ましてや、彼は最後の百八星。こんな終わり方、アリ?というような感じです。

 だた、死に際の戦果としてはこの上ないものですよね。ウジュが死んだら金国はもうぼろぼろでしょう。死に見合うだけの活躍ではあるのですが、史進の心の内が知りたいものです。

「古い梁山泊の戦士で、残っているのは、ほんとうに、あの人だけなのだな」「そうだ、宣凱。いつ死んでもおかしくない戦を続けてきた人が、いまもまだ戦をしようとしている」「私は、しばしば考えたよ。いまの梁山泊が、あの人にどう見えているのだろうと」「見ていないようで、一番よく見ている人かもしれない。早く死んでくれよ、という思いがある。それと同じぐらいに、死なせてたまるかとも思う」「よせよ、王貴。あの人のことに、私は立ち入れない。なにか、登ることのできない山みたいなものだな」「あの人がここにいたら、私は、萎縮するだけだろうな。きわめて傲慢で、信じられないほど繊細で、そしていまも誰よりも強いのではないかな」「あの人の話はやめよう。いまにも現れそうな気がする」 

 王貴と宣凱の会話が死亡フラグになってしまったのでしょうか。こんな会話は毎度繰り返されてきたような気がしますが。もし死んでしまったとするならば、ついにひとつの時代が終わってしまった感じがしますね。

 

その他、話を覚えておくためのメモ。

  • チョウコウの陽動作戦が成功し、岳飛が程雲を奇襲。
  • 胡土児が謎の集団に襲われ、徒空に助けられる。
  • 南宋水軍200艘がゲンレイの艦隊を襲う。
  • ラシンが米を運び入れる輸送隊にまぎれて象山の造船所を焼き討ち。安否は不明。フウゲンを騙す形になる。
  • 七星鎮が石信の本隊に襲撃される。命からがら逃げてきた打狗を岳飛は従者にする。

 

 

岳飛伝シリーズ。 

 

 

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