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【壮大なるスパイの激闘】書評:リヴィエラを撃て/髙村薫

リヴィエラを撃て〈上〉 (新潮文庫)

リヴィエラを撃て〈上〉 (新潮文庫)

 

概要

 中国、アメリカ、イギリスの陰謀が渦巻くスパイ小説です。約20年に渡る時間の流れの中で、イギリスと日本を舞台に繰り広げられる壮大な物語です。日本推理作家協会賞日本冒険小説協会大賞を受賞しました。

おすすめポイント

 物語は非常に大きなスケールで組み立てられつつも、描写はどこまでも緻密、そしてスリリングなスパイアクションにドキドキします。おなか一杯のエンターテイメントです。

感想

 物語の主人公はジャック・モーガン。彼の父親はアイルランド独立闘争を主導してきたIRAのテロリストです。父親の不審死をきっかけとして、ジャックもテロに加担してています。テロリストのひとりとして活動しているときに、CIAやMI5の暗闘に巻き込まれていくことになります。その戦いはリヴィエラというコードネームで呼ばれる人物を巡る陰謀の戦いでした。

 ジャックは冷徹に殺人をこなす優秀なテロリストである一方、恋するひとりの青年でもあります。いつかはテロリストをやめて、恋人のリーアンとともに暮らしたいと考えています。しかし、暴力の連鎖はそれを許してはくれません。

 国家の陰謀に巻き込まれたジャックとともに戦うのがCIA調査官のケリー・マッカンです。彼のコードネームは伝書鳩。自らの正義を貫き、立場を越えてジャックに信頼を寄せます。

主人公の結末

 人間ドラマをスパイスにしながら、ジャックとケリーはスパイとの長い闘いが描かれます。強大な力に立ち向かうふたりは素敵なコンビでした。彼らの活躍によって国家の陰謀は暴かれ、ジャックはリーアンと結ばれてハッピーエンド。僕はそんな予想を頭に描いて読み進めていました。

 しかし、冷静に考えてみれば、IRAとしてテロ活動をこなしてきたジャックは、はたから見れば冷徹な殺人鬼です。幸せな余生が送れるわけがありません。物語の途中でジャックとリーアンは亡くなり、以後物語の舞台からは退場してしまいます。

 ジャックたちは明らかに主人公特性を備えた良きカップルでした。彼らの恋路には障害が多くとも、最後には報われると信じていました。

そう語るリーアンの、もう何十年も喪が続いているような疲労と空虚に彩られた目を見つめながら、M・Gは自分の首を横に振った。このリーアンも、サラ・ウォーカーも、自分の愛した男の罪や罰を、自らとともに背負うことで、男と何かを分かち合うほかなかったというのは、一面の真実に違いなかった。しかし、人生はそんなものではない。「それは、断じて違う。ジャックがここまで来れたのは、君がいたからだ。彼が気づいていないのなら、それを彼に分からせるのは君の人生の仕事だよ」

 この物語は血なまぐさい男たちの暴力の応酬の物語であると同時に、愛の物語だと僕は捉えていました。殺人を重ねるジャックの唯一の心の支えはリーアンでした。(ちなみに上記サラ・ウォーカーはケリーの恋人です。)しかしジャックたちの最期はまともに描かれぬまま、亡くなってしまったことだけが淡々と書き連ねてありました。

 唐突に主人公がいなくなってしまうことに僕は当初困惑しました。ですが、そのページまでに描かれてきたことをもう一度思い出してみると、上巻の始まりの30ページほどで、実はジャックとリーアンが殺されたことがすでに書いてあるではありませんか。500ページ以上読み進めて改めてジャックたちの死が描かれているわけですが、さすがにロングパスすぎて覚えていませんでした。

 初めからジャックが死んでしまうことを念頭に置いて読めば、見える景色は違っていたでしょうか。その場合は、ジャックの死は物語の最後に来るはずだと予想することになったはずですから、どっちみち想定外の展開になったのかもしれません。

 物語の結末

 終盤、警視庁外事一課に勤める手島へと物語の視点が移ります。MI5のエージェントであるキム・バーキンとともに、 ジャックたちがたどり着けなかったリヴィエラの謎を解き明かそうと奮闘します。

 手島もバーキンも正義に燃える優秀な人物です。彼らのコンビはジャックとケリーを彷彿とさせ、今度こそ悪の親玉に鉄槌が下るかと期待が高まります。

 カギを握るのは世界的なピアニストにして、イギリスのスパイでもあるノーマン・シンクレア。ジャックとも交友が深い彼は、リヴィエラ事件の真相に誰よりも迫っていたひとりでした。

 結局、シンクレアは悪者の筆頭であったギリアムと呼ばれる人物を殺害したのちに、自身も殺されてしまいます。シンクレアが握っていた真相を探っていたバーキンも凶弾に倒れ、残った手島がリヴィエラとの直接対決に臨みます。

 最終盤、リヴィエラの口から、リヴィエラ本人は実はこの事件に関して大した役割を持っていなかったこと、つまり濡れ衣を着せられていたことが明かされます。ジャックたちをはじめとして幾人もの命を奪ったこの暗闘は、リヴィエラが起こしたとされていたのに。お金に目がくらんだ数人の人間と、国際政治で覇権を握りたい国家の鍔迫り合いでしかありませんでした。

実際、手島は意識があるうちに、幾度もこう考えた。《リヴィエラ》はもはや何ものでもない。彼らについて、何も応えることはない。多くの命が虚しく消えた彼方で、現実の世界は着実に動き続けただけだ、と。死者を追う旅はすでに終わり、そこには何もなかったのだ、と。 

 本当にそこには何もなかったのです。伏線が回収されるでもなければ、最後に大捕物があるわけでもないのです。これがまた僕の期待を裏切る展開でした。手島はリヴィエラとの対談後、拷問にかけられ深い傷を負います。正義感で動いた登場人物たちは誰もが暴力の餌食となってしまった一方で、リヴィエラは何もしていないので大きな罪にも問われず、のうのうと生き続ける。なんと虚しい結末ではありませんか。

 謎は解かれました。しかし結局、なんのために殺し合いが行われたのだろうという疑問が残ります。意味など問わず、必死に目の前の現実を追い続けた結果、自分たちが大いなる虚構の中にいたことを悟る。いや、悟るまえにほとんどの人物が亡くなってしまい、この虚しさを引き受けるのは読者だけなのかもしれません。

 唯一の希望。それはジャックとリーアンの残した子供が、子供を設けてこなかった手島夫妻に引き取られたことです。子供の成長を見守ることで手島の心の傷が癒えることを、そして子供が暴力ではなく対話で未来を創ってくことを学んでくれることを祈るばかりです。

 

 高村薫さんの別の作品です。映画を知っているひともいらっしゃるかもしれません。こちらもスリリングなアクションが展開される硬派なお話です。

 

リヴィエラを撃て〈下〉  新潮文庫

リヴィエラを撃て〈下〉 新潮文庫

 

 

 

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