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【視点が変わると世界が変わる】書評:盲目的な恋と友情/辻村深月

盲目的な恋と友情 (新潮文庫)

盲目的な恋と友情 (新潮文庫)

 

概要

 タイトルの通り、「盲目的な恋」が描かれるパートと、「盲目的な友情」が描かれるパートの二部構成になっています。同じ時系列を、別々の視点から眺めることで、いろいろなものが浮かび上がってくるストーリーです。 

おすすめポイント

  ストーリーは重くて暗めですが、視点が変わると同じ物語でもここまで違って見えるというのが非常に面白かったです。私たちの見ている世界は一つではないのだなと再認識させられます。

感想

 「恋」のパートは蘭花の視点、「友情」のパートは留利絵の視点から描かれます。二人は同じ大学のオーケストラサークルの同級生です。

 蘭花のパートで描かれていた世界を、もう1度留利絵の視点から眺め直すという構成になっています。視点が変われば世界が変わる。しかも、女性同士なのに。叙述トリックのようなことはしておらず、彼女らが自然体に発する言葉が、世界に対する想いのひとつひとつが、全く重ならずに、すれ違っていきます。登場人物がどのような人間であるか、ということさえ、視点が変わると読者の認識が変わってしまうのです。

 

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 「恋」のパートでは、ただただ恋愛の持つ魔力が描かれています。オーケストラの指揮者である星近に出会い、初めて恋というものを知って、蘭花の視点からはもう恋愛のことしか考えられなくなってしまう。

あの聡明な女を、こんなプライドのない行動に走らせてしまうのが「恋」だとしたら、恋愛とは、なんと不毛なものなのだろうか。怖いのは、稲葉先輩ではなく、彼女をそうさせてしまう魔物のような恋そのものだ。

 憧れの先輩であった稲葉先輩を、プライドのない行動に走らせる「恋」という魔物に、その後蘭花も取りつかれてしまいます。星近がダメ男だとわかってもなお、蘭花は彼から離れることができません。

 僕のような男性読者にとっては残念なことでしたが、星近は悪役としか描かれません。男イコール悪という単純な図式。指揮者として将来を期待され、外見も良い男。ちやほやされて、プライドが高い人間なのでしょう。寄り所にしていたものが崩れた瞬間、醜悪な内面が露わになってしまいます。わかってしまうのがまた悲しい。プライドの高い男はとても醜い。わかっていてもなお、男はプライドを捨てられないのです...。

 恋は衝動を引き出すとともに、人を縛り付ける枷にもなります。

彼の使った「甘美な思い出」という言葉を、私はこの後も何度か、いろんな場面で思い出すことになる。いつまでも、その頃の甘い思い浸っていたい、ここに縋りついていれば大丈夫、と人の心を蝕む甘美な思い出。たとえもう、そこに甘い味など残っていなくても。

 甘美な思い出に浸って動けなくなってしまう瞬間。別れた元恋人との思い出に浸ることが多いのだとは思いますが、この作品では仲の良かった頃の思い出に縛られてしまっています。その思い出に縛られ、蘭花は蝕まれていってしまう。

 そこで急転直下、事故が起きて蘭花の「恋」のパートは終わります。若干の消化不良な部分を残しながらも、彼女は幸せになれそうだというところで章が終わり、留利絵の「友情」のパートが始まります。

 

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 「友情」のパートが始まってまず僕が驚いたのが、登場人物が描写。

私だったら絶対に選ばないような原色の青のニットに、白いショートパンツ。だるっとしたニットの中で、大きな胸が気怠く揺れる。

 蘭花のパートでは、元気で活発な女の子というイメージしかなかった美波が、こんな外見をしていたとは。そういう風に人を見てしまう留利絵の性格が表れていると同時に、もうすでに読み終わったパートの主人公だった蘭花が、そういうところにまったく無頓着だったことも浮き彫りになります。たったこれだけの描写で二重の驚きがあって、辻村さんの作った仕掛けにやられたなという気分になります。

 留利絵が初めて蘭花を見かけたときの描写もすごい。

手足の長さと、細さが、現実に存在してはいけないほどだと思った。こんな人間がいるのだろうか。ひょっとしたら、私がこれまでテレビや舞台で遠くから眺めていた、”芸能人”と呼ばれる人たちは、こんな風に皆、細く、美しかったのかもしれないと、認識が改められていく。

 蘭花ってそんなに美人だったのか!と驚かざるを得ません。だったら、蘭花のパートも見方が変わってくるじゃないかと心の中で叫んでしまいます。あまりに人の外見に無頓着な蘭花と、やたらと外見を気にしてしまう留利絵という構図が浮かびあがります。

 留利絵のコンプレックスについては、男性も共感できるのではないかと思います。幼いことに植え付けられた劣等感のせいで、いろいろなことについて自信が持てなくなってしまっている。

 留利絵が友情にこだわってしまうのも理解ができます。自分に自信がないから、「誰々と一緒にいる自分」という形でしか、自分を安心させることができません。蘭花が美しい見た目をしているので、彼女への執着がより強くなっていきます。

私は、男はいないけど、平気だ。

そんな無駄なものを背負い込むことはないのに、何故、多くの女は男がいなければダメだと思いこむのか。私と、平穏に暮らすのでは、ダメなのか。

女友達はどうして男に、敵わないのか。

 本来、女友達と恋人を同じ土俵に比べること自体がナンセンスのはず。しかし、留利絵の歪んだ認識では、その天秤の傾きが気になって仕方がないのです。

 そして終盤、蘭花のパートで曖昧に描かれた事故の真相が明かされます。恋に溺れた蘭花と、歪んだ友情に毒された留利絵の終着点。何かに執着し、バランスを見失ったとき、人はとんでもない暗闇に自ら足を踏み入れてしまう。そんな物語だなと僕は思いました。

 

 

辻村深月さんは僕の大好きな作家さんのひとりです。以下は他の作品の感想です。

  

 

 

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