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【戦乱の傷跡を超えて】流/東山彰良

流 (講談社文庫)

流 (講談社文庫)

 

概要

 国共内戦の時代、つまり中国で共産党と国民党が内戦状態だった頃のお話です。祖父の代に台湾に逃れてきた一家の一員である秋生が主人公です。戦争によって翻弄されながらも力強く生きる秋生の葛藤が描かれる青春小説です。

おすすめポイント

 当時の台湾の様子が生き生きと描かれ、臨場感を持って目の前に立ち上がってきます。様々な理不尽に襲われながらも懸命に生きる人々の様子に不思議と勇気をもらえる一冊でした。

感想

 台湾でつつましく暮らしていた秋生の家族でしたが、祖父が何者かに殺害されてしまうところから物語が動き始めます。その犯人を追い続けるミステリー小説の一面も持っています。

 心に残る素敵な言い回しが多く、文章のパワーにぐいぐい引っ張られるような読書体験でした。

 例えば主人公秋生と雷威という不良とのケンカを描いた一場面。

雷威の目に浮かぶ凶暴な光はこう言っていた。退け、たのむから退いてくれ、おれを人殺しにしないでくれ!その目を見て、わたしは彼も自分の未来を担保にして、いまこの瞬間をどうにかやり過ごそうとしているだけなのだとわかった。殺人者の悲しみ、それは生きるか死ぬかの瀬戸際で掴み取った真実を、だれに対しても説明のしようがないこと。言葉になどできやしない。その真実はわたしと雷威にしか見えない狐火のやうなもので、どちらが死ぬにせよ、死者のうちに封じられ、勝者に取り憑いて一気に百も老いさせる。

雷威のほうは退く意志がまったくなかった。人殺しになりたくないと思っている以上に、偽物になりたくないと思っていた。仲間たちに対して、そしてのちに目覚める自分の文学に対して。 

 緊迫する対峙の心の内で、お互いが殺人者にはなりたくないけど、退くわけにはいかないという葛藤を抱いていることを書きあげた文章です。このような男とは勇ましくあるべきという価値観が一般的だった時代、戦争の後遺症とでもいうべきでしょうか。

小戦は意地悪なチンピラかもしれないが、わたしの友達である。その友達が人生最大の危機に瀕しているのに、もしここで袖手傍観などしてしまったら、わたしはこれから先、臆病さを成長の証だと自分に偽って生きていくことになるだろう。そんなふうに生きるくらいなら、わたしは嘘偽りなく、死んだほうがましだと思う。人には成長しなければならない部分と、どうしたって成長できない部分と、成長してはいけない部分があると思う。その混合の比率が人格であり、うちの家族に関して言えば、最後の部分を尊ぶ血が流れているようなのだ。

 「臆病さを成長の証だと自分に偽って生きていく」。すごい一文です。引き際を知ることは大切なことだと思います。人は臆病になっていく生き物でしょう。でも、秋生はそんな生き方を良しとはしません。

 懸命に生きている秋生の心の中にはいつも、殺された祖父の姿が焼き付いていて、離れません。

「きみのおじいさんはいつも不機嫌でした」岳さんが言った。「胸のなかにまだ希望があったんでしょうね」「希望?」「苛立ちや焦燥感は、希望の裏の顔ですから」

 犯人を捜しまわって、手がかりを探し回っていたときに投げかけられた言葉。希望があるから焦りが募り、不機嫌になってしまう。

浴槽に沈んだ祖父を発見したときの衝撃はわたしのなかで結晶化し、ずいぶん付き合いやすいものになっている。すくなくとも、いますぐ犯人を吊るし上げろと心が苛まれることはなくなっていた。心とは駄々っ子のようなもので、いったん駄々をこねだしたら手がつけられない。地べたにひっくりかえり、あれがほしい、これがほしい、買って、買って、と泣き叫ぶ。十七歳のころのわたしがそうだった。わたしたちは根負けして心に従うか、さもなければ断固としてまえへ進むしかない。どちらが吉と出るかは死ぬまでわからないけれど、そうやってひたむきに心を拒絶しているうちに、わたしたちはわたしたちではなくなり、そしてわたしたちはわたしたちになってゆく。わたしはわたしなりに、あの日から十年ぶんまえへ進んだ。人並みに軍隊で揉まれ、人並みに手痛い失恋を経験し、人並みに社会に出、人並みにささやかなぬくもりを見つけた。出会いがあり、別れがあり、妥協し、あきらめることを覚えた。それはそれで大人になるということだが、これ以上心を置き去りにしては、もう一歩たりとも歩けそうになかった。

 本当にやりたいこと。秋生にとっては、祖父を亡き者にした犯人をつきとめること。ずっと抱えていたもやもやは、付き合いやすいものになったものの、これ以上犯人捜しをせずに放置はしておけなくなってしまいます。

 祖父の残した写真をきっかけに、犯人の正体へとつなげていく構成力は素晴らしかったです。戦争が落とした影は、文字通り孫の代まで呪い続けます。数奇な運命に翻弄されながらもしっかりと自分の意志で生き抜いていく秋生の力強さに、励まされる結末となりました。

 

 

 

 

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