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本と本の意外な「つながり」ってありますよね

【あの頃といま】書評:ロードムービー/辻村深月

ロードムービー (講談社文庫)

ロードムービー (講談社文庫)

 

概要

 短編4つと、さらに短い小話が収められた短編集です。続編というわけではないですが、過去作品である『冷たい校舎の時は止まる』とのつながりが意図的に込められた短編集です。『冷たい...』を先に読むことをおすすめします。

おすすめポイント

 『冷たい…』の登場人物たちの過去や未来のお話で、『冷たい...』で交差した彼らが、どのような人生を歩んできたのかを立体的に知ることができます。彼らの正体を知ることがひとつのミステリーの謎になっていて面白いです。ひとりひとりの物語に共感できるお話でもあります。

感想

 辻村作品はフレーバーとして過去作品の登場人物を再度登場させることが多々あります。しかし今作はフレーバーというよりは、もっと明確な意図をもって登場人物が設定されています。

 『冷たい…』は主人公格の人物が8人いて、それぞれがとても魅力的な人物でした。彼らが力を合わせて怪奇な事態に立ち向かい、仲間を助ける物語はとても面白かったです。(ホラー要素が強くて怖くもありましたが)

 『ロードムービー』に収められた短編は、『冷たい…』の登場人物の人となりを知らなければ理解できない物語ではありません。それぞれを独立した短編として読むことができます。ただ、この人は誰なのかがわかる瞬間が一番面白いと思えるように設計されている節がありました。

 僕自身、『冷たい...』を読み終えてから丸4年以上経って『ロードムービー』を読みました。なので忘れている部分が多く、途中では気づかなかったことが多いのですが、調べてみると『冷たい…』とのつながりに込められた意図に感動することがありました。

街頭

 4ページぐらいのごく短い作品です。「鷹野」は『冷たい…』での主人公格の一人「鷹野博嗣」です。名前と属性が一緒ですので。学業優秀で性格も立派なイケメンです。T大の法学部に入学したところまでは書かれていたので、「街頭」の時間軸は法学部で司法試験を目指して勉強しているところでしょう。

 もう一人の登場人物「彼女」は、「辻村深月」でしょう。とてもややこしいのですが、作家と同じ名前の人物です。メンタルが弱めな鷹野の幼馴染です。

 なんだかストーカーじみたエピソードなのですが、『冷たい…』および『ロードムービー』の中で語られる二人の関係性を知った後だと、まあこの二人の関係性なら許せるね、と思えます。

 この作品を貫くテーマがこの作中に提示されているように思います。

もう昔のことを、思い出す。あの頃のことを思うと、何でもできるとそう思う。あの頃の仲間を思い出すと、どんなことでもできる。どんなことでも、やれる気がする。

 鷹野のいう「あの頃」は、『冷たい…』で描かれたあの事件の最中と、それを解決したあとのことでしょう。良いですよね、こういう感覚。

 自分は大学時代にこういう経験をできて、本当に良かったなと思っています。気が合う仲間、尊敬できる仲間と、苦楽を共にし、困難な課題を乗り越えた経験。「あの頃はよかった」と後ろ向きに嘆くのではなく、この本にて示されているように、前向きに生きる糧にしていきたいなと思いました。

ロードムービー

 小学生の「トシ」と「ワタル」の物語です。時系列を前後させながら、二人が家出をするに至った経緯と、家出の中で体験するエピソードが綴られていきます。

 いじめにあっているさなかの鬱々としたお話。正直読んでいて気持ちの良いものではありません。ただでさえ、僕は子供が主人公のお話はあまり好きではないんです。そんなことを考えながら読み進めていくと、突然明かされる叙述トリックに仰天しました。

 ええーーーー。しまった、辻村深月さんはミステリー作家であることを完全に忘れていました。そこが逆転するなら、いろいろなことの見え方が変わってきます。そうだったのか…という感覚。やられました。

 トリックに気を取られていると、今度は登場人物の考察がおろそかになります。一番最後に明かされる「トシ」の苗字は「諏訪」。ということは、「トシ」のお父さんは『冷たい…』で生徒会長として登場した「諏訪裕二」です。彼は国会議員になりたいとか言っていたような気がするので、夢を叶えたことにもなります。

 諏訪は『冷たい…』の中で主人公のうちの一人「桐野景子」に想いを寄せています。告白したのですがフラれたという話でした。桐野は両親が医者なので自身も医者を目指しています。そして「トシ」の母親の職業は「医者」…。彼らは結婚したのですね…。一体何があったのだろう。

 そうなると、「タカノのおじさん」は「鷹野博嗣」ですね。職業は弁護士ということで、司法試験を突破して無事弁護士になったようです。「お姉ちゃん」は「辻村深月」でしょう。ドジをしてトシの母に叱られるというエピソードが載っていますが、高校時代の関係性が垣間見えます。

 つまり、『ロードムービー』は『冷たい…』の登場人物たちの未来の物語であり、幸せな「今」を描いた作品であるともいえます。一方で、トシとワタルにとっては過酷な試練であり、辛い「今」です。

 彼らにとっては辛いのですが、この作品を貫くテーマに沿っていえば、この経験もいずれ「あの頃」となり、宝物となって彼らの生きる糧になってゆくのだと思います。そのような世代間の交差が描かれた一作だと感じました。

道の先

 4編の中で僕が一番気に入った一作です。

 主人公は塾講師のアルバイトをする男子大学生。塾の生徒であるおませな中学生「千晶」に振り回される様子が描かれます。

 主人公の人生観にとても共感をしました。千晶のことを想う優しさは、彼自身の経験からくるものでした。

ここじゃない、どこか遠くへ行きたい。だけど、それがどこにもないこと。千晶が今そうであるように、俺も昔、それを知っていた。だけど大丈夫なんだ。今、どれだけおかしくても、そのうちちゃんとうまくいく。気づいた頃には、知らないうちに望んでいた”遠く”を自分が手にできたことを知る、そんな時がくる。それまでは、どれだけめちゃくちゃだって悲しくたっていいんだ。いつか、どこか正しい場所を見つけて、千晶は平気になる

 ああ、わかる...。しみじみとした共感が胸に染み渡りました。自分も小学生、中学生のころはしんどい体験をしました。いじめっ子に目をつけられ、教室の隅で暮らす日々。だけど高校・大学を経て「大丈夫」になりました。必死に生きていくうちに、いつの間にか小中学生のころに望んでいた場所へとたどり着き、楽しい毎日を送れるようになりました。いまや、憧れだった東京での一人暮らしをするまでに至っています。

 今がどれだけ苦しくても、時間が経てば自然に自分が望んでいた方向へと進んでいくことができます。長い時間はかかりますし、変化はゆっくり訪れるので最中にいるときは気づかないのですが、ふと振り返ってみるとずいぶん遠くへきたものだと思います。「道の先」で、あのころの自分を振り返る感覚。ちょうどいまの自分に染みる読書体験でした。

 『道の先』は、読んでいる途中で登場人物の正体に気づきました。種明かしは「サカキくん」という言葉。『冷たい…』の「菅原榊先生」ですね。彼に惚れていた不良少女「佐伯梨香」が主人公の留守電の相手。ということは、主人公は梨香に惚れていた「片瀬充」、東大を捜索してくれる友達が「鷹野博嗣」でしょう。

 地味で目立たない存在だった片瀬も、『冷たい…』での事件を経て、立派な人物へと成長していきます。あの経験があったから、彼は千晶に対して心のこもったアドバイスができました。その言葉によって千晶は救われ、今後の人生を力強く歩んでいけるのです。素敵なお話でした。

トウキョー語り

 田舎に住む女子高生「さくら」のクラスに、転校生がやってくるというところから始まる物語。田舎のせまい人間関係の中でおきるジメジメとしたお話です。辻村さんに実体験があるのかもしれませんが、こういった学校での女子同士の暗いいざこざを描くのが上手いですよね。いろいろな作品で出てくる気がします。

 この作品も、登場人物の種明かしがあるのは最後。携帯電話の待ち受けに設定された「としまえん」の写真。あああ、そっちが君だったのか、千晶。

 物語の中では薫子さんが目立つ存在だったので、ミスリードというか、注意をそらされた気分でした。上手いですよね。

「-それが、いつか終わりがくるものだってことも、全部知ってる。だから、平気なの」

 『道の先』にて塾講師の充から言われた言葉が、いまも千晶の中で大切にされ、心の支えとして彼女を守っているのです。なのでここまで読んで、『トウキョー語り』が『道の先』の続編であることに気づくのですね。

雪の降る道

 主人公は少年「ヒロ」と少女「みーちゃん」。ここまで読んでくればさすがに気づきます。「鷹野博嗣」と「辻村深月」ですね。彼らの幼少期の物語です。「菅原兄ちゃん」は「菅原榊」ですね。

 『冷たい…』や『ロードムービー』中で語られてきたエピソードを見ると、鷹野は体の弱い深月を気遣ってずっと守ってきたのだと思っていました。しかし、その関係性をひっくり返すのがこの『雪の降る道』という作品でした。

 鷹野は昔、体が弱かったのですね。一時的なショックによって引き起こされたものなのかもしれませんが、未来の鷹野とは比べ物にならないぐらい弱い存在として描かれています。ヒロはみーちゃんに守られて育ってきたのです。

 この幼少期の体験があるので、鷹野は深月を気遣い、守り続けるのでしょうね。幼馴染のときからこんなに深い関係が築けたまま、ゴールインまで迎えるなんて、うらやましすぎるなあと思いました。 

 

僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

 

 冷たい校舎の時は止まるの書評も残っていました。ブログをやっていてよかったなと思います。

ytera22book.hatenablog.com