【警察小説の最高峰】書評:64(ロクヨン)/横山秀夫
概要
横山秀夫さんお得意の警察小説。2012年のミステリー2冠に輝いた話題作です。主人公は警察のマスコミ対応を担う広報官の三上。話の主軸は、事件捜査の主役である刑事部と、人事などをつかさどる警務部の衝突です。刑事部に長く籍を置いてきた三上はその衝突の激流に飲み込まれていきます。
おすすめポイント
混迷を極める状況の中、板挟みに状態に揺れる三上がどのように活路を見出していくのか。三上だけでなく、登場人物の誰もが胸に譲れないものを抱え、時にそれが全力でぶつかります。リアリティ溢れる人間ドラマです。
感想
三上はとにかくいろいろなものの板挟みになります。1点目は、彼の肩書である広報官の職業。マスコミを信用せず情報を出し渋る警察官と、警察は不利益な情報を隠したがると疑ってかかるマスコミ。その狭間で三上は悩みます。
2点目は、刑事部と警務部。三上はもともと刑事部で長く犯人逮捕に尽力してきた生粋の刑事。それが人事異動で警務部の広報という役職に就くことになりました。刑事部と警務部がぶつかりあうなかで、三上は自分の立場がわからなくなってしまいます。
3点目は家族と仕事。三上の娘は、自分の顔の醜さを気にするあまり心を病み、家出し、音信不通状態です。娘の捜索を盾に取られ、上司に逆らえなくなります。山奥の部署に飛ばされ、今いる街に住めなくなる可能性だってあるのです。
そんな複雑な板挟みの状況を、いっぺんに打開する策などありません。迷い、時に立ち止まりながらも、三上は懸命に考え続けます。読んでいる僕らも、彼と一緒に悩むのです。いま、自分をはさむ板のどちらにつけばいいのか。どちらが自分にとって、組織にとって有利なのか。そもそも、いま何が起きていて、その中のどんなピースとして自分がまきこまれているのか。読者にも情報は与えられないのです。
暗躍する警務部のエース二渡。警察庁長官の視察。それらが、14年前に起きた未解決の誘拐殺人事件へとつながっていきます。徐々に全体像が見えてくる。県警を揺るがす、大きなうねりがやってくる。
焦燥感に包まれる中、部下の助けもあって三上は考えを改めます。それはある成果に繋がります。それは広報官としての成果でした。広報室が全員で掴んだものでした。
『広報官の職責を果たした。ために多くを失った。長官視察に向け、さらに失うものが増えていくに違いなかった。しかし心は濁ってはいない。不安も悔恨も沈殿していく。上澄みが、救いのように胸にある。 背後で笑い声が重なり合っている。三上は今この瞬間を噛み締めた。 ここで、刑事部屋ではないこの部屋で部下を得たー。』
物語の後半はまさに息をつく暇もないほどの急展開の連続。今まで「半落ち」や「震度0」などの横山作品を呼んできましたが、ここまでのスピード感は初めてでした。三上はこの難局を乗り切っていけるのか。そして真相はなんなのか。先が気になって仕方がありませんでした。
最後に明かされる真実。組織に翻弄された人間の悲しみと、執念。周到に張り巡らされていた伏線が、一気に回収されます。何もかもが、ひとつのストーリーに連なるものだったのです。
一方で、三上の娘の消息はついに不明のまま。こちらの決着の着き方は予想外のものでした。
『そうとも、美那子は諦めてなどいなかった。現実から目を逸らしてもいなかった。生と死を直視し、あゆみが生存できる条件を探し、その条件を満たすために絶対的な「誰か」を創出した。決してあゆみが死ぬことのない世界を心の中に作り上げた。母親である自分を、あゆみが生きる世界から抹消してまで。』
三上が直視してこなかったものを妻の美那子は直視していました。あくまで娘の生存を疑わず、一番あり得る可能性としての「誰か」、つまり娘の面倒を見てくれている心優しき他人の存在を信じていたのです。家に帰ってこない、それでいて連絡もよこさない、だけど事件に巻き込まれた形跡はない。だから、「誰かが面倒を見てくれている」と結論づけたわけです。
しかし、もしそうだとしたら母である自分の立場はありません。あゆみの面倒を見ているのは赤の他人なのです。それでも、娘が元気でいてくれたなら。当然、事実は分かりません。でも美那子は信じているのです。母である自分の存在を消してまで、娘の生存を信じる覚悟を持っているのです。恐れ入りました。
いろいろな人間ドラマが絡み合った、重厚感のある傑作でした。Bランクに入れます。
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