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本と本の意外な「つながり」ってありますよね

【本当の自分とロールプレイング】書評:R.P.G/宮部みゆき

R.P.G. (集英社文庫)

R.P.G. (集英社文庫)

 

概要

 文庫のために書き下ろされた作品。長さは少し短めです。題材は殺人事件ですが、殺された男性はネット上に疑似家族を作っていたことが判明。果たして犯人は誰なのか。

おすすめポイント

 驚かされました。犯人自体はそこまで意外ではなかったのですが、いろいろと仕組まれていたのだなぁ、といった感じです。長い物語ではないのでさくっと読めるのも嬉しいポイントです。

感想

 家庭の中にあっても孤独を感じる人たちが織りなす物語。殺された男性は、ネットで知り合った見ず知らずの他人と、疑似家族を作って馴れ合いを楽しんでいます。つまり、お父さん役、お母さん役、そしてその子どもたちという設定を各々が持っていて、その枠の中でコミュニケーションをとって楽しんでいるのですね。今読むとなんだか古風だなぁと思ってしまいます。

 この物語の舞台は取り調べ室がほとんどです。擬似家族を作っていた人たち(母親役、娘役、息子役)を取り調べ室に呼び、聞き取りが行われる様子が描かれます。

『あたしたち、みんな寂しいの。現実の生活のなかじゃ、どうやっても本当の自分をわかってもらうことができなくて、自分でも本当の自分がどこにいるかわかんなくなっちゃって、孤独なのよ。心のつながりが欲しい』

 擬似家族を作っていた理由を述べる娘役。手がかりをつかむため、その聞き取りをマジックミラー越しに見ている被害者の実の娘の一美。彼女は疑似家族の面々を鼻で笑います。

『ああいう娘よ。本当の自分を探したいだの、愛してほしいだの、理解してほしいだの、居場所がほしいだの、そんなことばっかり言ってる娘よ。一人じゃ不安でしょうがないって、すがりついてくる娘よ。だけどあいにく、あたしはそんな弱虫じゃなかった。あたしはあの人の子供ではあるけど、だからってあの人の人生の飾りものになるわけにはいかない。そんなの、絶対に我慢できない!』

 殺人を犯してしまうほどの動機を持った人物はだれなのか。取り調べの中で、徐々に雲行きが変わっていきます。真犯人はだれなのか、この取り調べはなぜ行われているのかが、なんとなく臭いはじめます。ちょっとあからさま過ぎるのではないのか、と思ってしまいました。ただ、もう一段驚きが仕込んであったので、犯人がばれることは構わないと判断されたのでしょうか。舞台装置自体が舞台で、RPGを演じていたのは疑似家族だけではなかったのですね。

 結局、犯行の動機は複雑なものではありませんした。

『あまりにもまっとうな、思春期の子供として。 だが所田良介はそれを認めることができなかった。妻を飼い慣らしたように、娘も飼い慣らせると思った。だから彼は、きわめて意地の悪い方法で、一美に待ったをかけようとしたのだ。 それこそ、一美がもっとも望まないことなのに。』

 父と娘のすれ違い。分かってしまえば至極単純な原因が裏にはありました。娘の一美は強く賢い女性です。それが、逆にまずかったのですね。

『皮肉なことだ。所田一美は父親によく似ている。自分を信じ、自ら頼むこと強く、自分の意志を通すためならば、どんなことでもやりかねない。 だが、今はそれが流行なのか。自分、自分、自分。誰もがなりふりかまわず本当の自分を探しているご時世だ。探すまでもなく、すでに自分を持っていると自負する者が、それをまっとうするために手段を選ばす、まわりの心情を省みるこのもないのは、仕方がないことなのか。』

 「ありのままの」が流行るご時世。本当の自分を知っていて、それを表現している人が偉いという風潮。そこに警鐘を鳴らすこの一節が、10年以上前に書かれていたとは、面白いですね。「自分、自分、自分」。確かに、まわりの心情を害してまで自分と言うものに拘らなくてもいいのではないかと思いますよね。

 

 

王道ですが、宮部みゆきさんの作品の中ではこれが好きです。

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