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【勝ち組は何故登場したか?】書評:乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない/橋本治

乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない (集英社新書)

乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない (集英社新書)

 

概要

 前著『「わからない」という方法』『上司は思い付きでものを言う』に次ぐ3部作の3作目です。前作を読んでいませんでしたが、普通に楽しめました。勝ち組・負け組の二分法がなぜ生まれたかという謎を追う一冊です。

おすすめポイント

 小難しい論理を駆使して現代がどういう時代なのかを著者は語ります。かなり突拍子もないことも書かれていて非常にスリリングです。そして複雑なことを考えている割に、説明がお上手でなんとなく分かった気になってしまう。面白いと思える人は最後の最後までたっぷり楽しめると思います。

感想

 著者の専門は経済ではないようですが、勝ち組・負け組の分け方が登場したのは経済の世界らしいので経済の話がメインです。

バブル経済」と名づけられる混沌が訪れる。訪れたのが「混沌」だったからこそ、その混沌を成り立たせる力がなくなった時ーつまり「バブルがはじけた」と言われるようになった時、「どうしたらいいか分からない」という状態は、当たり前のように広がるのです。「勝ち組・負け組」という二分法は、 そこに登場します。つまり、「従うべき理論が存在しなくなって、どう生きて行けばいいのかが分からなくなった日本人は、"勝ったか、負けたか"の結果で判断するしかなくなった」のです 。

 価値判断の基準がわからなくなるほど、バブル経済は狂っていた。そしてそのバブルは弾けてしまい、上がる一方だった景気が暴落してしまった。わけが分からなくなったのでしょうね。だから結果を見ることでしか判断ができなくなり、価値判断基準は結果の良し悪しだけけになってしまったと。

単純で全国一律の指導法や、一律の価値観が崩れて機能しなくなってしまった。つまりは、知的な「乱世」です。だから、戦国時代と同じで、あちこちに「勝ち組」が登場し、そこに「未来を見る能力がある=頭がいい」という信仰も重なります。現在の日本は、そのような「価値体系の揺らぎ」に端を発する、 知的な乱世なのです。 

 タイトルの「乱世を生きる」というのはバブル崩壊後の日本経済が知的な乱世だとする本書の主張を表しているものです。

 著者の主張することは一見すると意味不明なのですが、説明されるとなんだかわからなくもないなと思ってしまう。魔法のようです。例えば、中盤で著者は「欲望が経済を動かすのではなく、経済が欲望を動かす」なんていう一見すると真逆のことを言います。

「経済」は、「必要」の上で成り立っているわけでもありません。 「欲望」というフロンティアの上で成り立っているのです。ということはなんなのか?「人の欲望は、世界経済の指示によって動いている」です。一見すると逆のようです。「世界経済は、人の欲望によって動かされている」ー普通はこのように考えられているようですが、よく考えれば、これが違うということくらいは分かるでしょう。世界経済は、もう「限界の中」で動いているのです。「必要」を超えた「欲望」だけが、これを動かせるのですーそのことは、経済を動かしている人なら、もう分かっているのです。それが分かっていなかったら、「投資」という経済活動で損をします。だったら、経済は人の欲望を動かすでしょう。経済用語ではこれを「需要を喚起する」と言いますが、経済の用語は、「いるのかいらないのか分からないが、自分はそれを"ほしい"と思う」という「欲望」と、「必要に基づく欲望=需要」との間の線引きをしてくれません。その線引きがないことを前提にして、 世界は人の欲望を動かすのです。 

 僕も完全に理解したわけではないですが、今の日本のような満ち足りた社会にあって、「欲望」なんてものは幻想である、と。それは経済が回るために(ものを売るために)創りだされた感情でしかない。なぜならそれをしないともう経済は回らないからだ。こんなような感じでしょうか。一理あるなと僕は思います。消費者が形にできていない欲望をいかにして提示できるか、ということが今後のビジネスには欠かせないのでしょう。新たな欲望を呼び覚ますとでもいいますか。

 逆に言うと自分の欲望をいかに制御し、管理していくかも大事なのですね。メディアに踊らされて、不必要なものまで買ってしまうことのないように、日々頭を使って生きていかねばなりません。

 著者の主張する内容がすべて正しいとは思いません。でも、こんな風にものを考えることもできるのかと驚きました。この本の中では特に新しいデータが示されるわけではありません。過去に起こった出来事を振り返り、「あれは実はこういうことだったと考えれば辻褄が合うよね」ということを繰り返していきます。それが見事にハマってしまっている(ように見える)。何か役に立つものが得られたかと問われると答えに困りますが、少なくとも非常にスリリングな読書体験でした。

 

 

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  現代から未来にかけての経済活動を予測しようとする一冊。こちらも面白かったです。