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【選んで決める難しさ】書評:薄闇シルエット/角田光代

薄闇シルエット (角川文庫)

薄闇シルエット (角川文庫)

 

概要

 主人公ハナ、37歳。古着屋の共同経営者。なんとなく付き合っていた恋人から受けたプロポーズをなんとなく断ったところから始まる日常を、角田さんの鋭い目線で切り取った長編小説です。

おすすめポイント

 「結婚できない女」というものをひとつのテーマに据えている感じですが、それだけにはとどまらない懐の深い作品でした。変わりたい、でも変わりたくない。その狭間で揺れる心の機微を巧みに描き出した作品でした。

感想

 主人公のハナはとにかく決められない人間です。そのくせ嫌なことには不満を並べ、自分から動こうとしません。タケダという恋人から受けたプロポーズを断ったのも、仕事と結婚に揺れているようで、単にやりたいことが見つけられない人間なんだなと後々わかってきます。やりたいことが明確ではないから、自分で自分がどうしたいのか、何が不満なのかわからない。したくないことでしか構成されない人間です。

な、気づいた?あんたやおれの話って、したくないことでしか構成されていないんだよ。中古のブランド品は扱いたくない、消費社会に流されたくない、どこかに属して盲目的に服従したくない。したくないことを数え上げることで、十年前は前に進むことができたけど、今はもうできないとおれ思うんだ。したくないって言い続けてたら、そこにいるだけ。その場で駄々こね続けるだけ。 

 しかしハナに対して僕はイライラすることはなく、むしろ共感さえ覚えてしまいます。おそらく多くの方がそうなのではないかと思いまし、上の引用が心にぐさっと刺さるのは僕だけではないはずです。やりたいことが100パーセント明確になっている人なんてきっとこの世にはほとんどいなくて、動きたいのに動けない自分に苛立ちを感じなら日々生きているのではないでしょうか。そんな自分の中の怠惰な部分がハナにオーバーラップします。

 結婚するつもりなどないのに「退屈だから」という理由で恋愛に手を出すが上手くいかない。母が亡くなり、共同経営者のチサトが結婚する。母の遺品整理から着想を得た新しい企画に夢中になるも、圧倒的な才能を持つクリエイターに手柄を持っていかれてしまう。いろいろなものを掴んでは失くして、理解しては取り返しのつかなさに愕然とする。ハナの不器用な生き方は、やはり自分の中の一部に重なって、深い共感を呼びます。

私たちはかつていっしょに歩いていた。ほしいもの、求めるもの、ずっと先にあるものばかり目で追って、理想論ばかりをくりかえして歩いていた。それなのに、いつのまにか、みんな自分のほしいものを手に入れるすべを知っている。着々と手に入れている。母が、長い年月をかけてあの場所を作ったように、みんなそういう場所を手に入れつつあるのだ。チサトも、キリエも、キリエのまわりの女たちも、ナエも、タケダくんも、タケダくんの妻になった人も、きんちゃんも、私以外のだれも彼もが。気に入った家具で満たすために、引っ越して二ヶ月たつ私の部屋は、今も段ボール箱だらけの仮住まいだった。その部屋は私だった。気に入ったものが何ひとつ見つけられない。間に合わせのものすら選べない何もない部屋。 

 終盤、ハナは自分の人生を思い返し、上のような感想を抱きます。気に入ったものだけを置こうと決意するも、気に入るものがそもそも見つからないので部屋ががらんどうになってしまっている。間に合わせのものすら買えない。それはひどく寂しいことですが、言いたいことはありありと伝わってきます。

 自分の人生において、「これだ!」と決断できることがどれぐらいあるでしょうか。僕は多くないです。なんとなく良さげなもで済ませているものもあれば、ハナのように迷いいつまでも決められずにいるものもあります。

私はしげしげとそのカップを眺めた。いかにもちゃちなこのカップを、毎日眺め、毎日手にしていたら、いつか、いとおしく思うことができるだろうか。自分にとってたいせつなものに思えてくるんだろうか。これがほしい、というよりむしろ、私はそんなことを知りたかった。 

 大きなきっかけがあるわけではなく、ハナは自分らしく一歩一歩進んでいくことを誓って物語は終了します。その終わり方にはありきたりさを感じますが、ハナの心境がどのタイミングでどのように変わっていったかを追うのはなかなか難しいなと思いました。

そうだ、空っぽの部屋を嘆くことなんかない。だってこれから、いくらでもものを満たしていける。百円だろうが、百万円だろうが、だれの目も気にせずほしいものを手に入れればいい。私はふと立ち止まり、広げたてのひらに視線を落とす。あの部屋のように、何ひとつつかんでいないからっぽのてのひらが、淡い闇に頼りなく浮かび上がっている。なんにもつかみとっていない、なんにも持っていないーそらはつまり、これからなんでもつかめるということだ。間違えたら手放して、また何かつかんで、それをくりかえして、私はこれを持っていると言えるものが、たったひとつでも見つかればいいじゃないかそれがたとえ六十歳のときだって、いいじゃないか。

 ここまでの優柔不断さを見ているとハナはまた再び迷うのではないかと思います。でも迷うたびにこうやって答えを確認して、ふらふらしながらでもいいから前に進んでいけばいいのかなと思います。迷いながらでもいいのだということが、僕にとっては希望に見えます。

 

 

 

 角田光代さんが直木賞をとった作品。過去と現在を行き来して人間関係の難しさを紡ぎ出します。

 

こちらも角田さんの作品。誘拐した子どもを育てた女と、育てられた子どもの一生を描く物語。

 

「選択」というところでこちらも。究極の選択を迫られる夫婦の物語。

 

 

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