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【ゆるやかな繋がりの中で】書評:昨夜のカレー、明日のパン/木皿泉

昨夜のカレー、明日のパン (河出文庫)

昨夜のカレー、明日のパン (河出文庫)

  • 作者:木皿 泉
  • 発売日: 2016/01/07
  • メディア: 文庫
 

概要

 若くして夫を亡くしてしまったテツコは、夫の父であるギフと暮らしています。テツコの周りの人々との交流の中で、少しずつテツコの中に変化が起きていくお話です。

オススメポイント

 独特の世界観で、今まで読んだことのない新体験でした。ふさげているように見えて、とっても真面目。最後にはじんわりと感動させられて、人生について考えさせられます。

感想

 ヘンな人しかでこない、ヘンなお話だなと読み始めたときは思いました。言葉遣い独特ですし。でも不思議とイヤではなく、むしろ心地よささえ感じます。

 主人公はテツコですが、コロコロと視点が切り替わる物語です。一人ひとりに生活があり、抱えている問題も様々です。大きく関わりのないひとなのに、逆から見ると意外と大きな存在になっていたり。

 人間関係は不思議なもので、縦横に広がるグラデーションの中で濃淡がついています。立体的でもあり、近くにあるのに俯瞰しないと見えなかったりもします。ゆるやかに繋がる人と人が影響しあって、少しずつ人生が変わっていきます。

 ただの変人だと思っていた岩井さんも、彼なりの思慮を持ち、テツコとの関係性になやむこのシーン。

一樹を入れた三人の生活が、ここにはあったんだよなあ、と岩井は思い、それはたやすくイメージできた。そして、一樹の代わりを自分がやるというのは、どう考えても違うような気がした。人間関係というのは、方程式のように、どんな数字を代入しても成り立つ、というようなものではない。この家の三角形の一辺が突然消滅してしまった。なくなったのに、まだそこにあることにして、何とか保ってきた三角形なのだろう。

 当たり前のことを言っているのですが、強引な人だと思っていた岩井さんが言うので、しみじみしてしまうんですよね。テツコとギフの関係は、安定しているようで、いびつなものなのです。踏み込みたいけど、うかつに踏み込めない危うさを見たのでしょう。

 小さいいくつかの事件を経て、テツコの気持ちは徐々に変わっていきます。変わらないことを願ったとしても、いやおうなしに変わってしまうのが人生。逆に、変えたくても一生変えられないのだと諦めていたことも、時間が経てば案外変わっていくもの。

さようなら、小さな私。一樹とずっと一緒にいたいと願った私。もう全ては終わったと絶望した私。世界から拒絶されたと思っていた私。今、気づいた。私は、そんなところに閉じ込められるものじゃないということに。今もなお、時間の中を生きつづけなければならないものであるということに。一樹は、そう思ってしまったことを許してくれるだろうか。許してくれるだろう。誰よりも私のことを心配してくれる人だったから、とテツコは思う。

 夫のずっと一緒にいたいと願っていたことのテツコにも、夫を亡くして絶望していたころのテツコにも、ちゃんとさようならを言えるようになった今のテツコ。静かに、でも、力強く、彼女は変化をして、生き続けていくのでしょう。僕にこの先どんなことが起きたとしても、テツコのようにしなやかに生きていきたいなと思いました。

 文庫版の重松清さんの解説がまたお見事なので、ぜひ読んで頂きたいです。この捉えにくい作品の正体を自然と見極め、芯をぐっと手づかみするかのごとく、美しく言語化してしまう。さすが作家さんだなと思いました。

  

僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

  

 

 重松清さんの本。