【少年少女は論理の果てに何を見る】書評:ソロモンの偽証/宮部みゆき
概要
文庫にして6冊の大長編。ある雪の日、中学校の校舎の屋上から生徒が転落死する。自殺で決着がつくかと思いきや他殺だと証言する告発状が届き、中学生たちは自分たちの手で真相を明らかにしようと学内裁判を行います。
おすすめポイント
スーパー中学生たちのロジカルな戦いと、中学生らしい心の揺れ動きが違和感なく共存する物語。宮部みゆきさんだからできる繊細な書き分けに感動します。
感想
これだけ長い物語にも関わらず、読みやすいお話だなと思いました。登場人物の数はそれほど多くなく、覚えておかないといけない事実や伏線も意図的に絞られている印象でした。すっきりしています。
群像劇の形式で、登場人物それぞれが様々な想いを背負って学内裁判に臨むことになります。裁判なので大きなアクションやハプニングはありません。議論しているだけ。しかし、ひとりひとりにしっかりとしたバックボーンがあって、ただの議論がとても面白く、スリリングで、時に非常に重たい。
個人的に話のボルテージが上がるクライマックスのシーンは2つあったかなと思いました。
1つは大出君が証人として尋問を受けているとき、弁護人の神原君が不良少年の大出君の過去の悪行を片っ端から糾弾する場面。嘘つきの三宅さんを救済すると同時に、大出君に対する最大限の弁護になっている。鬼気迫るものを感じて鳥肌が立ちました。
もう1つは神原君が証人として尋問を受ける場面。1巻の冒頭で描かれた電話ボックスのシーンからここまでが全て繋がる種明かしが行われます。そしてここまでの裁判で積み重ねてきたものを土台にしつつも、いろいろな前提をひっくり返してしまうどんでん返し。このシーンで印象深かったのは、弁護人の助手を務める野田君の心情でした。
いや違う。助手の務めをまっとうするためだけじゃない。僕は知ってるから、僕にはわかるから、だから黙っていられなかった。僕は知ってる。父さん母さんをこの世から消してしまおうとしたあの夜、殺意というものがどんなふうに僕のそばに現れ、何を求めて僕をせき立てたのか。
彼が体験したこと、助手として弁護人の人となりを見つめてきた想い、彼自身の成長などなどが一気に流れ込んでくる感慨深いシーンでした。
ページ数が多いので、登場人物はひとりひとりかなり深いところまで掘り下げられています。その一方で、転落死してしまった柏木君に関してはなかなか情報が出てこず、彼の人物像が焦点を結びません。もちろんそのように意図して書かれている。真相は明らかになったのに、彼の心のうちは不気味なままです。
どんな悲劇でも、平凡よりはいい。劇的な人生が欲しい。自分は断じて〈そこらの誰か〉ではないと自負しながら〈そこらの誰か〉でいることに甘んじるより、悲劇が欲しい。
たいていの十代が、一度は考えそうなことだ。だが不運にも、卓也の前にはそういうお手本がいた。現物がいた。ただの想像の産物ではなく、生きてそばにいて、一緒に笑ったり勉強したりしていた。
卓也は彼になりたかったのだ。
柏木君の兄が彼の心情を分析した一説。しかしこれも真実なのかはわかりません。暗黒面に陥ることは誰にだってある。そんな警告が聞こえてくるような気がしました。
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B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品
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