【目指せ覇権】書評:ハケンアニメ!/辻村深月
概要
ハケンとは覇権のこと。派遣ではありません。1クール12話のアニメ放送で、同時期の作品の中でのナンバーワンの称号。アニメ制作を仕事としている登場人物たちが、覇権を目指して奮闘する物語です。
おすすめポイント
複数の視点から物語を描き、アニメ制作の裏側が立体的に描写されていきます。誰もが良いアニメを作りたいという想いで仕事に打ち込む姿に胸を打たれます。自分も仕事を頑張ろうという気分になれます。
感想
単行本で出版されたのは2014年のことなので、もう6年も前の話なのですね。でも古さを感じませんでした。変化が激しい業界とはいえ、アニメを観る側の意識は大きくは変わっていないのかもしれません。
僕はゲーム会社に勤めています。アニメとゲームは近い業界なので、共感することが多かったです。作中ではアニメ制作に関わる人はみんなアニメ愛を持っているということが繰り返し言われますが、ゲームも同じだと思っています。みんなゲームが大好きです。
僕はクリエイターではなく、コーディネーターという立場です。直接手を動かしてゲームを作るのではなく、その前段階や、作り始めてからの外側の調整をする役目です。この作品で言うと有科や行城の仕事に近く、彼らの苦労や、彼らの仕事観により共感を覚えました。板挟みになりながらも、クリエイターに良い仕事をしてもらうために奔走し、クリエイターを守る仕事です。
****
有科が冒頭で言う下記の言葉。
香屋子はもう子どもではなく、わからないからこそ神秘的で魅力的だった世界の輪郭を獲得してしまった。専門用語に通じ、技術にさえ詳しくなってしまった以上、それは仕事だから当然だ。誰かのファンになったとしても、それは仕事相手への「尊敬」だという側面が強い。
僕がゲーム会社に入ったときに感じたことを、とても上手に言語化していてびっくりしました。これからはファンではなくて、届ける側の一員として働いていかねばならないのだと心に念じた新入社員の頃。自分が大好きなゲームを作った人に出会うこともあるのですが、ファンではなく、仕事人としての尊敬を持って、彼らのような仕事がしたいと思うようになりました。
もう1つ印象に残ったのが下記の王子監督の言葉。
「どうして、いじめなんて言葉で括らなきゃわからんないかなぁ。わかりやすくしたいなら、そういう理解でもいいけど、ちょっと繊細さに欠けすぎなんじゃない?そんなとこまで行かないような浮き方や疎外感ってのが、この世には確実にあるんだよ。で、そういう現実に溺れそうになった時、アニメは確かに人の日常を救えるんだと思う」
いじめとまではいかなくても、なんとなく環境になじめないということは往々にしてあると思うのです。悩んでいる人にとって、アニメやゲームは救いになれる。誰かの救いになればよいなと思って、今日も仕事を頑張ろうと思えます。
本気で頑張っている人たちの姿勢に共感できるから、いろいろな場面でじーんと目頭が熱くなりました。
****
小説としては、視点が切り替わるごとに少しだけ時間を動かしていくという面白い構成をとっていました。別の視点から「その後」を描くというのは簡単なように見えて難しいことだと思います。肩に力をいれずにさらっとやっているのが本当にすごいです。
王子監督の「リデルライト」と斎藤監督の「サバク」の、どちらが覇権を取るのだろうと思って読み進めていくと、ぽっと出の第三者が覇権を取ってしまう。辻村さんらしい決着の付け方だなと思いました。そのうえで、「覇権」とは数字ではないということを語れるのが、ちゃんとアニメファンのことをわかっていて素晴らしかったです。
第3部で、今まで出てきた登場人物が1つのお祭りに向けて収束していくシーンは、とっても胸が熱くなりました。アニメを作るというのは傍から見ると地味な絵になってしまうと思うのですが、こういう盛り上げポイントがあると、面白い物語になりますね。
****
この作品も辻村ワールドの一部。「スロウハイツ」で登場したチヨダコーキが脚本を書いてみるという挑戦をしていました。飄々とやってのけるのが彼らしいですね。物語の最後で王子監督が行城プロデューサーとデビュー作「V. T. R.」を実写化すると言っていたのも胸熱でした。
僕のオススメの本はこちらにまとめています。
B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品