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【ド派手で緻密でハードボイルド】書評:黄金を抱いて翔べ/高村薫

黄金を抱いて翔べ (新潮文庫)

黄金を抱いて翔べ (新潮文庫)

 

概要

 髙村薫さんのデビュー作。第3回日本推理サスペンス大賞を受賞しました。個性豊かな銀行強盗団が金塊を盗み出す物語です。妻夫木聡さん主演の映画版も有名ですね。

おすすめポイント

 緻密でド派手な計画で金塊を奪う展開は非常にスリリングです。また、強盗団のメンバーたちは強烈にキャラが立っていて魅力的。彼らのバックグラウンドにも引き込まれます。

感想

深みのある世界観

 骨太な作品だなぁと思いました。いろいろな要素がミックスされ、すべてを巻き込みながら黄金のために物語がばく進していきます。

 主人公の幸田は左翼団体とつながりのある人物であり、メンバーのひとりであるモモは北朝鮮工作員で公安部から追われる立場です。舞台である大阪の街の暗がりに潜む、アンダーグラウンドな人たちの戦いが繰り広げられます。警察は守ってくれません。むしろ警察と手を組んだ怖いやつらが襲ってくる。スリルを感じます。

 幸田は近くにある教会に因縁がある様子。キリスト教徒ではないようですが、哲学的な発言がちらほら。やたらと小難しくて完全に理解できるものではないのですが、なんだかかっこいいです。物語を邪魔しない程度に散りばめられた宗教的な観念が、深みを出しています。

『そうだ。ああいう手も、言葉も、自分には馴染まない。優しげに打ちひしがれた眼差しには、自分は応えるものがない。そうだ、モモさん。神の話がしたいんなら、他の奴にするがいい。俺の持っている聖書は、子供の頃、おふくろの引き出しから盗んだやつなのさ。《すべて悪を行う者は悟りがない》 という言葉が、詩篇の中にあったろう?あの通りだ。俺は、自分の魂を救うために生きているんじゃない。そんなヒマはないんだ。息をしているのが、精一杯だ。俺も、春樹もだ。貴様だってそうじゃないのか・・・? 』

 厳重な警備が施されている金塊をどうやって盗み出すか。その計画はド派手で大胆不敵ですが緻密に練られており、爆発物をどうやって作りだすかまで丁寧に描写されていました。それが物語にリアリティを与え、ファンタジックさを排したハードボイルドな世界観形成に一役買っています。ひとつのビルに忍び込むために近隣の変電所を爆弾でふっとばして目くらましにする。これが意外と説得力を持ってしまうから恐ろしいです。

 「黄金を奪う」というストレートな物語ではありますが、紆余曲折がいろいろあって非常にスリリングです。その紆余曲折の部分で大勢の人が亡くなってしまうのですが、たかが金塊のためにこんなに人が死ぬのかと思うとちょっと現実味を欠いてしまいますかね。死の引き金になったのが強盗ではないことが多いのですが、それにしても血なまぐさいです。

謎の主人公

 主人公の幸田が一番「謎」な存在として描かれているのが面白かったです。明らかに彼は異質でした。なんのために生きているのかよくわからない。なぜこのような人間なのか、バックグラウンドもよく分からない。こいつは何を考えているのかと、訝しがる読者も多いのではないでしょうか。物語の最後で北川が古くからの友人である幸田について考えます。

『幸田はなぜ盗むのだろうかと考えたりした。犯罪の向こう側に、《人間のいない土地》があるとでもいうのか。犯罪を重ねることによって、自分の皮を一枚一枚剥ぎながら、これでもか、これでもかと自分を探しているようにも見えた。誰にも優しくなかったが、自分自身に対して、最も優しくなかった男だった。そういう幸田から、北川は一つの人間の在り方を学んだが、同時に、もっと別の道があるはずだとも思った。』

 一緒にいる北川にとっても、幸田はよくわからない存在です。彼がなんのために犯罪に手を染めているのかを測りかねている。今回の銀行強盗でひとつわかったのは、幸田が自分を探しているように見えたこと。北川が言っているからそうなんでしょう。読者にはちょっと伝わりにくい部分でしたが。

 

 

 

 銀行強盗と言えばこちらも。超能力を使うコミカルな主人公たちが出てくるので、まさに対極にある作品かもしれませんね。