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【犯罪加害者の過酷な現実】書評:手紙/東野圭吾

手紙 (文春文庫)

手紙 (文春文庫)

 

概要

 犯罪加害者の家族を描いた作品です。主人公の直貴は「人殺しの兄がいる」という理由で、多くのことを諦めながら生きています。掴んだと思った幸せは、いとも簡単に彼の手をすり抜けていきます。彼の人生に救いはあるののでしょうか。

おすすめポイント

 みなさんは、犯罪加害者の家族のことを考えたことはあるでしょうか。読み終えた僕らに問題を投げかけるタイプの作品です。同じ東野さんの作品で言うと「さまよう刃」に似ていますね。もし自分だったらどうか、と考えさせられることがたくさんありました。

感想

 東野圭吾さんは推理モノが有名ですが、今作にミステリ要素はありません。はじめから一切ないので、直貴のどんでん返し勝利には期待できなさそうです。いったいどうなってしまうのだろうと、暗い気持ちで読み進めていました。

 例えば、ようやく見つけた音楽という希望の光を、手放さざるを得なくなったシーン。こんなことが何回も繰り返され、直貴の心は諦めで満たされていきます。読むのが苦しくなってきます。

『ようやく悪夢から解放されたと思っていた。これからはふつうの若者のように生きていけると信じかけていた。音楽と出会ったことで、閉ざされていたすべての扉が開かれたと思った。それはすべて錯覚だった。状況は何も変わっていない。世間と自分とを隔てている冷たい壁は、依然として目の前にある。そこを越えようとしても、壁は冷たさを増すだけだ。 』

 こんなつらい状況に置かれた直貴に、優しく声をかけるのがとある勤務先の社長さん。しかし、優しく発せられた彼の言葉は、直貴に厳しい現実を突きつけます。

『君がお兄さんのことを憎むかどうかは自由だよ。ただ我々のことを憎むのは筋違いだといっているだけだ。もう少し踏み込んだ言い方をすれば、我々は君のことを差別しなきゃならないんだ。自分が罪を犯せば家族をも苦しめることになるーすべての犯罪者にそう思い知らせるためにもね。』

 結局、この作品を最後まで貫いていたのは「現実」でした。夢物語ではありませんでした。そこには差別というものが歴然と存在しているのです。もし犯罪者家族が身近に居たら、そうではない人と同じ態度で接することができるでしょうか。僕はたぶん無理です。どうしてもよそよそしくなってしまうはずです。

 加害者家族に対する差別はどういう形態をとり、どのような心理からそれが起きるのか。そこを逃げずにきちんと書いているから、説得力があります。加害者家族はこのような類の差別を受けているに違いないのでしょう。

 『それは甘えだったのかもしれない。差別はなくならない。問題はそこからなのだ。そこからの努力を自分はしてきたのだろうかと考え、直貴は心の中で首を振った。いつも自分は諦めてきた。諦め、悲劇の主人公を気取っていただけだ。』

 直貴は最終的に、兄との縁を完全に切るという選択します。差別はなくならない。だから、徹底的に隠すことにしたのです。それは悲劇の主人公に甘んじるという選択ではなく、現実と徹底的に戦うという選択です。完全に兄を捨てることになってしまいます。直貴が悩みぬいて出した答えは、あまりにも悲痛なものでした。この問題に正解などないのでしょう。あとはやり通すしかありません。

 そしてラストシーン。縁を切った兄との会合。二人は何を感じていたのでしょうか。もう今後交わることのない運命。兄はおそらく弟に謝り、今後の幸せを願うしかないのかなと思いますが、弟が考えることは何でしょうか。この選択で良かったのだろうかと迷いが生じたのかもしれません。でも、もはや覚悟は決まっている。どうしようもない現実に打ちひしがれたのかもしれません。鬼気迫るラストでした。

 

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