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ネットワーク的読書 理系大学院生がおすすめの本を紹介します

本と本の意外な「つながり」ってありますよね

【もう叫びたい】書評:就活のバカヤロー/大沢仁,石渡嶺司

就活のバカヤロー (光文社新書)

就活のバカヤロー (光文社新書)

 

概要

 就活の実態を、学生、大学、企業、就職情報会社という4つのプレイヤーの立場から考える1冊です。筆者の立場を表す言葉は「就活など茶番」。何がどう茶番なのか、いろいろな人への取材を交えながら持論が展開されます。執筆されたのは2008年ですが、当時も今も、それほど状況は変わっていないのだなということがうかがい知れます。

おすすめポイント

 内容は知っていることが多かったですが、就活を上から俯瞰する視点で考えるのはいいことかなと思いました。結局、誰もが悩んでいるし、得をしていない。就活のシステム自体がそこまで優れたものではないと思っておけば、ちょっとは気楽に臨めるかもしれないですね。

感想

就活の嘘、ホント

 いろいろな内容が詰め込まれていますが、就活の都市伝説に切り込んでいくところが個人的には面白かったです。眉唾ものの話題もあったのですが、採用担当者の言葉が載っており、ソースがないわけではないようです。例えば「体育会出身者は就活に強い」というのは本当か。

『たとえば、体育会学生は組織に守られて育ったがゆえに、「実は精神的に弱い者も多い」という声が各社の採用担当者から聞こえてきた。上下関係の厳しさは反抗心さえなければ実は気楽である。服従の意思を示していれば、立ち位置がはっきりしており、あれこれ悩まずに済む。そのため、精神的なストレスはないというわけだ。』

 うーん。どうなのだろう。僕の知り合いの体育会の学生は、みんな精神的にも強そうですが。最終的には人事によるとしか言えないのかもしれませんね。そしてもうひとつ、地方出身者は有利だという噂です。

『採用者数が一定数ある企業だと、特定の大学出身者のみに偏るのは好ましくない。なぜなら、企業は特定の大学のみを業務対象としているわけではないからだ。年齢層、地方、バックグラウンド、それぞれ多種多様な顧客を相手とする。そのため、出身大学や学部はばらけている必要がある。』

 一応理屈は通っていますね。はたして本当なのでしょうか。僕も一応地方の出身者なので、優遇してくれるとうれしいのです。これはぜひとも僕の体で証明したいものです。

無意識の就活とは

 少し新しいな、と思った考え方は次の「無意識の就活」という考え方です。

『「親以外で、接点のある社会人は何人いるか?」「小中高の同級生以外で違う大学に通う大学の友人は何人いるか?」 おそらく、びっくりするほど少ない。せいぜい、大学内の気の合う友人とつるんで遊ぶ程度。しかも、サークルなどの集団行動は趣味といえども嫌がる。それが今の学生の多数派だ。 だからこそ、「無意識の就活」をした学生はたとえそれが親戚付き合い程度であっても強い、と言えるのである。』

 確かに、大学生活の所属するコミュニティは、ほとんどが仲の良い友達同士だけのグループでしょう。親戚付き合い程度であっても、社会人と普段からコミュニケーションをとっている学生は強いというわけです。これは、今からでも意識できることかなと思いました。自分のコンフォートゾーンを出て、世代の違う人と話す経験は、きっと面接に活きますよね。僕は研究室で毎日先生方と一緒に生活しているので、多少は有利かもしれないなと思いました。

リクルートの抱える問題とは

 話は就活の諸悪の根源とされる、就職情報会社にまで及びます。彼らの弱みを指摘したこの一節が印象に残りました。

『しばしば学生や企業を「踊らせる」立場となっていると批判される就職情報会社であるが、私は学生や企業を「踊らせ切っていない」こと自体が、就職情報会社の弱みではないかと思っている。つまり、学生や企業が従わざるをえない、踊らされざるをえないような新機軸を打ち出せていないことこそが、最大の問題だということだ。たとえばだが、学生が企業を選ぶ方法を劇的に変化させる方法はないのだろうか。企業をにとって、今まで出会えなかったような学生と出会えるような仕組みをつくる方法はないだろうか。』

 この本は2008年に発行された本だと書きましたが、2015年度の就活も大きな転換はありませんでした。ナビサイトに登録して、そこからいろんな企業にエントリーしていくという流れです。おそらく2016年度も変わらないでしょう。「踊らせ切っていない」という言葉は的確かもしれないです。僕の周りでも、就職情報会社が悪いという意見はいろんなところから聞こえてきます。

なぜ「就活のバカヤロー」なのか

 最終章で就活全体に対する提言がなされます。著者の情熱が伝わってきます。まず、なぜこのようなタイトルを付けたかが説明される一節。

『このように、就活の登場人物たちは、気持ち悪さが漂う茶番劇を必死に演じている。とはいえ、学生も、大学も、企業も、就職情報会社も、その「気持ち悪さ」「茶番ぶり」に無自覚なわけではない。誰もが薄々、「嫌だな」「気持ち悪いな」などと感じている。もっといえば 「就活のバカヤロー」と叫びたいところをグッとこらえている。にもかかわらず、だ。この茶番の本質はずっと変わらない。』

 確かに、誰もが分かっているんですね。この就活というお祭りが、異様なものであることを。だけど、叫んで投げ出したら終わりなのだということも知っているわけです。そこがちょっと著者に共感できない部分です。茶番を演じるしか、生き残る道はないと思うのです。だから、著者から学生に向けたメッセージも、僕には少しむなしく響いてきました。

『学生に強く言いたいのは、「就活に正解はない」ということである。答えは「探すもの」ではなく、「探す」「考える」などの行為を経たうえで「決めるもの」であるということだ。だから、極論のようだが、本書では自己分析もマニュアル本もいらないと断言している。 人生に”答え”はない。もっと言うと、人生とは、その”答え”をつくりだしていくものである。就活という茶番劇に踊らされるのはやめて、人生というドラマを楽しむ勇気をもってもらいたいものだ。』

 この就活という茶番劇は、降りたら負けだと学生は思っています。踊らされるのはやめろと言われても、ちょっとそれは無理な話だと僕は思います。セーフティネットがなさすぎる。これじゃあバンジーを飛ぶにも飛べません。もうちょっと現実を見て、もうちょっと現実的な答えが欲しかったかもしれない。そう思いました。まぁその答えがないから就職情報会社の言いなりになるしかないのですが。