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本と本の意外な「つながり」ってありますよね

【引っ込み思案に読んでほしい】書評:内向型を強みにする/マーティ・O. レイニー

内向型を強みにする

内向型を強みにする

 

概要

 性格によってすべての人は内向型か外交型に分類され、両者に優劣などないと主張する一冊。引っ込み思案で自分に自信が持てない人にとくにおすすめです。自分は単に内向型の人間なだけで、人として劣っているわけではないのだと勇気をもらえる内容です。

おすすめポイント

 僕自身が典型的な内向型の人間なので非情に感銘を受けました。嫌いだった自分の性格が、単にそういう気質なのだと考えることで楽になりました。特に僕と同じような理系人間の方には多いと思いますので、読んでみてください

感想

 ①内向型と外交型の分類とは何か、②両者の違いを生むものは何か、③内向型の人間が生きやすくなるためのヒント、という順番に論が展開されていきます。とにかく序盤だけでも読んでみて、内向型という考え方があることを知ってほしいです。救われる人がたくさんいると思います。

 内向型/外交型を分ける一番大きな特徴は、エネルギーの蓄え方/消費の仕方だと本書では書かれています。

 以下は本書における内向型の人のエネルギーの傾向を説明した一文。

内向型の人のもっとも顕著な特徴は、そのエネルギー源である。内向型の人は、アイディア、感情、印象といった自身のなかの世界からエネルギーを得ている。彼らはエネルギーの保有者だ。外の世界からの刺激に弱く、すぐに「もう手一杯」という気持ちになる。これはイライラ、あるいは、麻痺に似た感覚なのかもしれない。

 逆に外向型の人を説明した一文。

では、外向型の人のもっとも目立った特徴はなんだろう?それは、外の世界、つまり、さまざまな活動や人や場所や物からエネルギーを得ている点だ。彼らはエネルギーの消費者なのである。長時間、のらくらしたり、自己反省したり、ひとりで、もしくは、ひとりの人を相手に過ごしたりすると、彼らは刺激不足におちいる。

 とにかくこの文章にすべては帰結します。自分はどういうときにエネルギーを充電できて、どういう時にエネルギーを消費してしまうのか。それを知るだけでぐっと生きやすくなると思いました。

 大学院生として日々研究に励んでいるときは、朝から晩まで根を詰めて研究をしていても、心地よい疲労感を覚える程度でした。それが社会人になると、実働時間は研究をしている時よりも短いにも関わらず、家に帰ってきたときに凄まじく疲弊してしまっているのです。

 これはなぜかと考えると、研究はひとりで自分の内側の世界に没入していく作業であること(自分の内側に潜っていくこと)に対して、仕事は大勢の人に囲まれながら、分担作業とコミュニケーションで進めていくもの(外からの刺激を受けながら活動すること)であるからだと考えることができます。研究は僕のような内向型の人間の得意分野ですが、仕事はそうではないのです。

 でも、僕は今の仕事が好きです。なるべく円滑に楽しく仕事を進めていくためには、自分のエネルギーの状態を理解することが必要だと思いました。「今日は初対面の人にたくさん出会うのでエネルギーを消費しがちな一日になる。だから一人の時間を意識的に作ってエネルギーを補充しながらこなしていこう。」といった風に。

 内向型の人間の特徴は、下手をすると人間として何か欠落があるのではないかと疑ってしまうものだと思います。でも、そうではありません。内向型の人間が苦手なこともあれば、得意なこともある。単に違いがあるだけなのです。それを知るだけでも、読んだ価値がありました。

 

 

人間の心理に関する他の本。

 

オススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

【何もしない投資法】書評:お金は寝かせて増やしなさい/水瀬ケンイチ

お金は寝かせて増やしなさい

お金は寝かせて増やしなさい

 

概要

 インデックス投資の入り口から出口までをわかりやすく解説した一冊。とっつきやすい漫画もついています。

おすすめポイント

 とにかく平易ですらすら理解できます。難しい数式などはありません。著者が金融業界の人間ではないというのもポイント

感想

 自分は売買を前提とした投資をやろうとすると、株価を気にしすぎてしまうだろうなと思ったので、この本を読んでみることにしました。素敵なタイトルですね。

 うさんくささはなく、わかりやすい理屈でインデックス投資の利点を解説しています。なぜ何もしなくていいのかをきちんと理解しないとこの投資法はできないですね。

 印象的だったのは、人間がお金儲けの欲望を持ち続ける限り、全世界の株価は永遠に上がり続けるという理論に則っているというところ。だから定額を積み立てていくだけで利益が上がり続ける。これをきちんと信じることができれば、この投資法は非常にメリットの多いものだと思いました。その理論を信じられなければやめたほうがいいかなと思います。

 自分も、今後30年ぐらいはその理論は成り立ち続けると思います。中国もインドもどんどん発展し続けるでしょう。気になるのは、最後のフロンティアと言われているアフリカが発展しつくしてしまった先に、人類にさらなる発展はあるのかというところですね。

 アフリカの次は宇宙空間を開拓しているかもしれないですね。もはや科学を超えたSFの世界です。

 

  こちらも同じ著者の本です。

全面改訂 ほったらかし投資術 (朝日新書)

全面改訂 ほったらかし投資術 (朝日新書)

 

 

 

オススメの本はこちらにまとめています。

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【飲み物で歴史を探索】書評:歴史を変えた6つの飲物 ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラが語る もうひとつの世界史/トムスタンテージ

歴史を変えた6つの飲物   ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラが語る もうひとつの世界史

歴史を変えた6つの飲物 ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラが語る もうひとつの世界史

 

概要

 人類の歴史に大きな影響を与えた6つの飲み物を取り上げ、その1つ1つがどのようなインパクトをもたらしたのかを解説しています。

おすすめポイント

 飲み物というユニークな切り口で歴史を探索するこの1冊。普段僕らが何気なく口にしている飲み物には、あんな歴史やこんな歴史が隠されていたのかと、とても興味深く読むことができます。

感想

 知り合いからオススメされたので読んでみたのですが、まずタイトルを聞いた時点で興味をそそられました。「6つの飲料」とはなんなのだろうと。サブタイトルでネタバレしてしまっているのですが、未読の人にクイズを出してみるのも面白いと思います。

 人は水を飲まねば生きていけません。飲み物は当たり前のように僕らの生活に溶け込んでいます。しかし、僕らの冷蔵庫に眠っている飲み物の歴史を丁寧にひも解いてみると、興味深い事実が積み重なっています。

 何千年も前から先祖代々飲み続けている飲み物がありました。歴史を動かした飲み物がありました。時代を象徴する飲み物がありました。 普段の生活で、飲み物を見る目がちょっとだけ変わります。いま手にしているこの飲み物が、自分の手元に当たり前のようにあるということのすごさを感じるようになるかもしれません。

 ユニークな切り口の歴史訪問であり、時間旅行であるとも言えます。本書で取り上げられる一番古い飲み物はビールであり、人間が定住型の生活をし始めるようになったとか、ピラミッド建設の時代にも飲まれた、なんて話からスタートするのです。 果ては、超大企業による地球規模での資本主義の争いの象徴としてのコカ・コーラまで。

 やっぱり勉強って面白いなと思うんです。学校で勉強してきた歴史の授業と繋がったときに得られる快感。他の切り口の本があれば読んでみたくなりました。「歴史を動かし6つの大恋愛」とか絶対書けますよね。

 過去を振り返るだけでなく、未来への問いかけで終わっているのもまた素晴らしいなと思いました。本書で取り上げられている6つの飲料に続く7番目の飲料は何になるでしょうか。

 原点回帰と名付けられた最終章で、それは「水」だと指摘されています。今後、世界的な水不足が発生し、水を巡って戦争が起きることになるだろうと。なるほどと唸ってしまいますね。もとはといえば、清潔な水を確保するのが難しいからアルコール飲料などを仕方なく飲んでいた人間が、増えすぎた人口のために清潔な水を巡って命を奪い合うことになってしまう。なんたる皮肉。

 人間は歴史から学ぶことができるはずです。だからこそ、この本のような歴史を振り返る論考には価値があるのだと思いました。

 

その他、歴史を振り返る論説。

 

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【多数の謎と重き問い】書評:世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド/村上春樹

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)

 

概要

「世界の終わり」と「ハードボイルドワンダーランド」という2つの世界で起きる物語が交互に進んでいく物語です。2つの世界はどのような関わりを持っているのか、というところを軸に話が進んでいきます。

おすすめポイント

 現実世界に近いけど、ありえない話が展開されるという村上春樹さんらしい物語になっていて、彼の独特の文章にどっぷり浸れる作品になっています。そして、最後に読者に投げかけられる問いは重く、うーんと唸ってしまうラストでした。

感想

 他の村上春樹さんの作品でもたまに見られることですが、物語に出てくる主要な要素が説明されぬまま、どんどん物語が進行していく作品でした。読者は頭の中に疑問符をいっぱい抱えたまま、展開される物語についていくことになるのです。

 このお話で出てくる疑問点の中には、主人公はわかっている風だけど読者にはわからないものもあれば、主人公もわかっておらず一緒に悩むものもあります。その中には、物語の根幹を成していて、この物語が読者に問いかけていることに繋がっているものと、そうではないものがあります。

 後者の例で言えば、物語冒頭の「ものすごくゆっくり動くエレベーター」。あれは結局物語の主要な要素ではありませんでした。でも結局なんであんなに詳しく描写がなされて、なんであんなにゆっくり動いていたかはわからぬままでした。

 前者の疑問点はぜひ解決したいと思うものの、明確な答えがあるわけではないものばかり。ここに書きなぐって、書き散らかしておくことで、いつか解決の糸口がつかめればいいなと思います。

1.主人公はどんな人間なのか

 一般的に、小説の主人公というものは、その人物が育ってきたバックボーンや現在抱えている悩みが読者に共有されるものであり、読者は主人公と一緒に物語を乗り切っていくことになります。しかし、この作品では主人公がどんな人間なのかがイマイチわかりません。

 主人公は、自分の心の中に殻を持っていて、それに閉じこもっている人間だと言う描写がたびたび出てきます。その原因は、過去に非常に悲しい体験をしたのがきっかけになっていることがほのめかされますが、それがなんなのかは提示されません。

 しかしその心の殻があったからこそ彼は博士の施した脳実験に耐えることができ、それが「世界の終わり」に繋がっています。物語の「起」となる部分がすでに読者にはあきらかにされないと同時に、主人公の過去に同情し共感することができないので、彼の抱える心の闇が理解できませんし、彼の感情の動きを深く理解することもできません。

 主人公は、僕ら読者と同じような存在として描かれているのでしょうか。それとも、特別な能力を持つがゆえに悩んでいる存在、スーパーマンのような存在として描かれているのでしょうか。その距離感がいまいち掴めぬまま、中途半端に彼を理解したまま、この本を読み終えてしまったのでした。

 2.「世界の終わり」の世界はなんなのか

 なぜこの精神世界があるか、ということは、複雑な脳の実験の成果物だということで百歩譲って理解できるとしましょう。しかし、この世界は現実世界とどの程度かかわりを持ったものなのでしょうか。

 たとえば、物語の大きなカギを握る、世界の終わりに住んでいる図書館の女の子。彼女は現実世界の誰かにに対応しているのかそうではないのかというのは、この物語を男性と女性の物語として分析するときに重要な問いになってくると思います。

 現実世界でとっても思い入れの強い女性だったからこそ、それが精神世界にも反映されている。そのように考えるのが自然だと思います。しかし、この精神世界はこの物語が始まる前にすでに形成されているものであって、この物語の中で出会うことになる女性、太った娘や大食いの図書館の受付嬢とは何のかかわりもないかもしれない。

 また、夢読みとは結局どのような行為だったのか、手風琴がなぜ鍵だったのか、なぜ精神世界には歌がないのか。カギを握っていそうなこれらの点について、明確な答えを出せるものは1つもありません。

3. なぜ主人公は精神世界に残ることに決めたのか

 物語の中で最大の疑問はこれでしょう。この物語はこの決断を描くために構成されているといっても過言ではないと思います。丁寧に紡いできた物語は、最後のこの決断に収束します。

 なんとなく、この主人公ならこういう決断をするだろうな、と思わされてしまうのが村上春樹さんのスゴイところだとは思います。でも、じゃあ主人公の心の動きが正確に理解できるかと言われるとそうではない。彼の持つ公正さがこの決断に導いたというのは簡単ですが、果たしてそれだけなのでしょうか。

 現実世界に戻れば、自分を想ってくれている女性が少なくとも二人いて、彼の大好きな穏やかな世界が待っている。しかし、精神世界の彼は、辛く険しい道を選ぶ。彼が作った世界だから自分で責任を取らねばならない。そんな決断ができるでしょうか。

4.博士は許され、主人公は救われないのか

 この物語の最大の問いかけである3を見た後に、一歩引いてこの作品の全景を眺めると、そもそも主人公をこのような辛い立場に追いやった博士は悪者としては描かれていないということに気づきます。彼はのうのうと逃げおおせて、新しい地で研究を再開しています。

 一方の主人公は、深い哀しみの中で現実世界に別れを告げることになりますが、彼は何も悪いことをしていないのになぜそのような仕打ちを受けねばならなかったのでしょうか。最後の彼の嘆きの言葉には胸に来るものがあります。彼に救いはないのでしょうか。

私はこの世界から消え去りたくはなかった。目を閉じると私は自分の心の揺らぎをはっきりと感じとることができた。それは哀しみや孤独感を超えた、私自身の存在を根底から揺り動かすような深く大きいうねりだった。そのうねりはいつまでもつづいた。私はベンチの背もたれに肘をついて、そのうねりに耐えた。誰も私を助けてはくれなかった。誰にも私を救うことはできないのだ。

 彼は精神世界に閉じ込められることで救われるでしょうか。心をなくしてしまった女性とともに暮らして、幸せになれるでしょうか。僕にはそうは思えません。でも、主人公はその道を確かな覚悟で選び取っていく。静かですが衝撃的なラストでした。

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 下巻 (新潮文庫 む 5-5)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 下巻 (新潮文庫 む 5-5)

 

 

 

 

その他村上春樹さんの作品 

 

 

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A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

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【乱世を生きた海賊たち】書評:村上海賊の娘/和田竜

村上海賊の娘(一) (新潮文庫)

村上海賊の娘(一) (新潮文庫)

 

概要

 1570年、織田信長が大阪本願寺に籠った一向宗の信徒と対峙した「石山合戦」が舞台です。本願寺攻略のために、大阪湾で起こった海賊たちの戦いを描いた小説です。

おすすめポイント

 主人公は当時最強を誇った海賊、村上海賊の当主の娘。名前は「景」。男勝りの腕っぷしを持ち、不細工だったため嫁の貰い手がありません。景のキャラクターが素敵で、さらに彼女を取り巻く戦国の武将たちも個性豊か。それでいて戦いのシーンはしっかりと大迫力に描かれる、お腹いっぱい大満足の読書体験でした。

感想

 この物語は、一見すると景の痛快な活躍が描かれる軍記ものの小説なのですが、裏テーマのようなものが設定されていて、それが作品に奥行きを与えているのではないかと僕は思いました。

 戦国時代という乱世において、武将たちが最も重視したことは何でしょうか。領地を広げること、戦いで手柄を挙げること、天下を統一すること等、いろいろ考えられると思うのですが、一番は「自家が存続すること」だとこの作中では何度も語られます。

 確かに、領地を広げるのも戦いを続けるのも、自分の家が自分の代で潰えてしまっては何の意味もありません。少し保守的ではありますが、現状が維持されることが大事なのです。

 この物語では、織田信長と大阪本願寺の間に挟まれたいくつかの戦国大名にスポットが当たります。信長は第六天魔王などと呼ばれるほどの異端の存在、対する大阪本願寺戦国大名ですらありません。戦国時代における理から外れた存在としての両者に挟まれてしまった武将たちが、自家の存続の道を模索する物語であると言えます。

残るのは、からっぽの容れ物

 個人的に、この小説で一番痺れたのは3巻の終盤でした。

 大阪本願寺に兵糧を届けるため淡路島に集まった村上海賊。彼らは大阪湾に布陣する織田方の真鍋家を打ち破らないと兵糧を届けることができません。兵糧を積んだ船がたくさんあるため、単純な船の数では村上家が圧倒していますが、 実際の兵力は五分。そこで景は、真鍋家にも村上家の船の数だけは見えていることを利用して、和議を申し込みにいきます。

 ここで、真鍋家の当主である七五三兵衛からしてみれば、和議を受け入れて織田家を裏切るのが自家の存続に繋がります。村上家と真正面から戦って、負けてしまえばおしまいなのですから。

 しかし七五三兵衛は村上家と戦うことを選びます。その理由がなんとも深くて熱い。ポイントは、和議の交渉に七五三兵衛の9歳の息子が同席していたことです。和議を受け入れれば確かに自家の存続は果たせます。しかし、それで真鍋家が受け継いできた侍としての誇りはどうなるのかと。

大なるものに靡き続ければ、確かに家は残るだろう。だが、それで家を保ったといえるのか。残るのは、からっぽの容れ物だけではないのか。

 この心意気をもって、七五三兵衛は和議を拒否します。ここに至るまで、戦国大名が何より重視するのは自家の存続だとことあるごとに書かれていたのに、ここ一番でそれを裏切った七五三兵衛。作者が仕込んだ伏線であると同時に、この物語のもう一人の主人公は七五三兵衛だったことを気づかされました。

受け継がれた心意気

 さて、和議が拒否された結果、村上家と真鍋家は大阪湾で死闘を繰り広げることになります。戦国時代の戦いを描いた小説はいくつか読んだことがありますが、海戦を描いたものは読んだことがなかったので新鮮で面白かったです。馬と船では戦い方が全然違いますね。

 七五三兵衛は豪傑です。当時最強と言われた村上海賊に真っ向から立ち向かい、奮戦します。しかしこの物語の主人公は景ですから、最終的には討ち取られることとなります。主人公側の勝利でハッピーエンド。めでたしめでたしなわけです。

 しかし、作者が仕込んでくれたもうひとつの仕掛けが、七五三兵衛の無念を引き取ってくれている気がします。この戦いのあと、それぞれの登場人物がどのような生き方をしたのかを、史料をもとに書いてくれているのです。

 それによると、七五三兵衛の息子である次郎は、11歳で真鍋家の当主になったあと、父親と同様の剛勇さと無鉄砲を受け継ぎ、次々と武功を挙げ、秀吉や家康に重宝されたとあります。

 景が申し込んできた和議を七五三兵衛が拒否した結果、七五三兵衛は戦いで命を落とすことにはなったのですが、次代へと心意気が受け継がれ、立派に自家の存続が果たされたというわけです。いやあ、ニクイ仕掛けですね。

 あまり触れませんでしたが、ひとりひとりのキャラクターがしっかり立っていて、最初から最後まで楽しく読める作品です。Bランクに入れます。

 

 

戦いの面白さが際立つ他の作品。 

 

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【完結】書評:岳飛伝 十七 星斗の章/北方謙三

岳飛伝 十七 星斗の章

岳飛伝 十七 星斗の章

 

概要

 水滸伝、楊令伝に続く北方謙三の北方水滸伝第3部。その17巻、最終巻です。

感想

 ついに岳飛伝も完結。長きに渡る旅路に終止符が打たれました。ひとまず、すべて読み切れたことでほっとしました。何らかのアクシデントで最後まで読み切れない可能性もなきにしもあらずでしたから。

 終わり方としては、梁山泊側がついに勝利をもぎとるという形になりました。水軍を叩き潰し、南に入った石信を撃破し、程雲を倒して南宋軍も壊滅、サケツを倒して金軍にも立ち直れないほどのダメージを与えました。

 しかし、あまり勝った気分がしません。喜びがありません。それは、勝利に意味がないからなのか、勝ったあとの描写が少なかったからなのか、それともこの物語が終わってしまうのが寂しいのか。

 物語の主人公岳飛は、この巻でついに中華の戦場の真ん中に復帰。彼が抱いた抗金の旗のもと、何十万という義勇軍を集めて戦に勝利します。働きっぷりはまさに英雄。しかしラストは南へ戻り、猿の骨郎だけに見守られて息を引き取ります。物寂しい最期でした。

 僕の勝手な予想では、胡土児が物語のカギを握るようになると考えていたのですが、あっさりと退場してしまいました。

 そして物語の最期を締めくくったのは候真と史進でした。長い長い時間の中で、史進だけがすべての戦いを経験することとなりました。水滸伝や楊令伝のころから死に場所を探していると言われ続けたこの男が、戦場で死ねなかったことは、ある意味最も残酷な仕打ちだったのかもしれません。

 このあと、中華の世界はどうなっていくのか。物流に飲み込まれ、金も南宋も機能を失っていくのでしょうか。ショウケイザイが途中から一切表舞台から姿を消していたのも、なにかを暗示しているのかもしれませんね。彼がいてもいなくても、時代のうねりは進んでいく。そんなことを思いました。

 

 

岳飛伝シリーズ。 

 

 

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【壮大なるスパイの激闘】書評:リヴィエラを撃て/髙村薫

リヴィエラを撃て〈上〉 (新潮文庫)

リヴィエラを撃て〈上〉 (新潮文庫)

 

概要

 中国、アメリカ、イギリスの陰謀が渦巻くスパイ小説です。約20年に渡る時間の流れの中で、イギリスと日本を舞台に繰り広げられる壮大な物語です。日本推理作家協会賞日本冒険小説協会大賞を受賞しました。

おすすめポイント

 物語は非常に大きなスケールで組み立てられつつも、描写はどこまでも緻密、そしてスリリングなスパイアクションにドキドキします。おなか一杯のエンターテイメントです。

感想

 物語の主人公はジャック・モーガン。彼の父親はアイルランド独立闘争を主導してきたIRAのテロリストです。父親の不審死をきっかけとして、ジャックもテロに加担してています。テロリストのひとりとして活動しているときに、CIAやMI5の暗闘に巻き込まれていくことになります。その戦いはリヴィエラというコードネームで呼ばれる人物を巡る陰謀の戦いでした。

 ジャックは冷徹に殺人をこなす優秀なテロリストである一方、恋するひとりの青年でもあります。いつかはテロリストをやめて、恋人のリーアンとともに暮らしたいと考えています。しかし、暴力の連鎖はそれを許してはくれません。

 国家の陰謀に巻き込まれたジャックとともに戦うのがCIA調査官のケリー・マッカンです。彼のコードネームは伝書鳩。自らの正義を貫き、立場を越えてジャックに信頼を寄せます。

主人公の結末

 人間ドラマをスパイスにしながら、ジャックとケリーはスパイとの長い闘いが描かれます。強大な力に立ち向かうふたりは素敵なコンビでした。彼らの活躍によって国家の陰謀は暴かれ、ジャックはリーアンと結ばれてハッピーエンド。僕はそんな予想を頭に描いて読み進めていました。

 しかし、冷静に考えてみれば、IRAとしてテロ活動をこなしてきたジャックは、はたから見れば冷徹な殺人鬼です。幸せな余生が送れるわけがありません。物語の途中でジャックとリーアンは亡くなり、以後物語の舞台からは退場してしまいます。

 ジャックたちは明らかに主人公特性を備えた良きカップルでした。彼らの恋路には障害が多くとも、最後には報われると信じていました。

そう語るリーアンの、もう何十年も喪が続いているような疲労と空虚に彩られた目を見つめながら、M・Gは自分の首を横に振った。このリーアンも、サラ・ウォーカーも、自分の愛した男の罪や罰を、自らとともに背負うことで、男と何かを分かち合うほかなかったというのは、一面の真実に違いなかった。しかし、人生はそんなものではない。「それは、断じて違う。ジャックがここまで来れたのは、君がいたからだ。彼が気づいていないのなら、それを彼に分からせるのは君の人生の仕事だよ」

 この物語は血なまぐさい男たちの暴力の応酬の物語であると同時に、愛の物語だと僕は捉えていました。殺人を重ねるジャックの唯一の心の支えはリーアンでした。(ちなみに上記サラ・ウォーカーはケリーの恋人です。)しかしジャックたちの最期はまともに描かれぬまま、亡くなってしまったことだけが淡々と書き連ねてありました。

 唐突に主人公がいなくなってしまうことに僕は当初困惑しました。ですが、そのページまでに描かれてきたことをもう一度思い出してみると、上巻の始まりの30ページほどで、実はジャックとリーアンが殺されたことがすでに書いてあるではありませんか。500ページ以上読み進めて改めてジャックたちの死が描かれているわけですが、さすがにロングパスすぎて覚えていませんでした。

 初めからジャックが死んでしまうことを念頭に置いて読めば、見える景色は違っていたでしょうか。その場合は、ジャックの死は物語の最後に来るはずだと予想することになったはずですから、どっちみち想定外の展開になったのかもしれません。

 物語の結末

 終盤、警視庁外事一課に勤める手島へと物語の視点が移ります。MI5のエージェントであるキム・バーキンとともに、 ジャックたちがたどり着けなかったリヴィエラの謎を解き明かそうと奮闘します。

 手島もバーキンも正義に燃える優秀な人物です。彼らのコンビはジャックとケリーを彷彿とさせ、今度こそ悪の親玉に鉄槌が下るかと期待が高まります。

 カギを握るのは世界的なピアニストにして、イギリスのスパイでもあるノーマン・シンクレア。ジャックとも交友が深い彼は、リヴィエラ事件の真相に誰よりも迫っていたひとりでした。

 結局、シンクレアは悪者の筆頭であったギリアムと呼ばれる人物を殺害したのちに、自身も殺されてしまいます。シンクレアが握っていた真相を探っていたバーキンも凶弾に倒れ、残った手島がリヴィエラとの直接対決に臨みます。

 最終盤、リヴィエラの口から、リヴィエラ本人は実はこの事件に関して大した役割を持っていなかったこと、つまり濡れ衣を着せられていたことが明かされます。ジャックたちをはじめとして幾人もの命を奪ったこの暗闘は、リヴィエラが起こしたとされていたのに。お金に目がくらんだ数人の人間と、国際政治で覇権を握りたい国家の鍔迫り合いでしかありませんでした。

実際、手島は意識があるうちに、幾度もこう考えた。《リヴィエラ》はもはや何ものでもない。彼らについて、何も応えることはない。多くの命が虚しく消えた彼方で、現実の世界は着実に動き続けただけだ、と。死者を追う旅はすでに終わり、そこには何もなかったのだ、と。 

 本当にそこには何もなかったのです。伏線が回収されるでもなければ、最後に大捕物があるわけでもないのです。これがまた僕の期待を裏切る展開でした。手島はリヴィエラとの対談後、拷問にかけられ深い傷を負います。正義感で動いた登場人物たちは誰もが暴力の餌食となってしまった一方で、リヴィエラは何もしていないので大きな罪にも問われず、のうのうと生き続ける。なんと虚しい結末ではありませんか。

 謎は解かれました。しかし結局、なんのために殺し合いが行われたのだろうという疑問が残ります。意味など問わず、必死に目の前の現実を追い続けた結果、自分たちが大いなる虚構の中にいたことを悟る。いや、悟るまえにほとんどの人物が亡くなってしまい、この虚しさを引き受けるのは読者だけなのかもしれません。

 唯一の希望。それはジャックとリーアンの残した子供が、子供を設けてこなかった手島夫妻に引き取られたことです。子供の成長を見守ることで手島の心の傷が癒えることを、そして子供が暴力ではなく対話で未来を創ってくことを学んでくれることを祈るばかりです。

 

 高村薫さんの別の作品です。映画を知っているひともいらっしゃるかもしれません。こちらもスリリングなアクションが展開される硬派なお話です。

 

リヴィエラを撃て〈下〉  新潮文庫

リヴィエラを撃て〈下〉 新潮文庫

 

 

 

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B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

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