【ファッションの歴史を変えた女】書評:シャネル 最強ブランドの秘密/山田登世子
概要
創業者ココ・シャネルの人生を振り返りながら、ブランドとしてのシャネルの歴史を紐解いていきます。シャネル自身の言葉をふんだんに引用し、彼女の持つ魅力に迫る一冊です。
おすすめポイント
シャネル自身の強烈なキャラクターと時代の大きなうねりを軸に展開される解説は、最後まで非常に面白かったです。遠い過去の人の話ではありません。最終的に今僕らが着ている服にも繋がってくると考えると身近に感じられます。
感想
僕らは毎日服を着ますから、誰しもが少なからずファッションに気を使います。でも、ファッションの歴史を知っている人は少ないのではないかと僕は思います。僕が来ている服は、なぜこんな形なのだろう、どのような経緯でこの形に収まったのだろう。そんなことを考えながら服を着たことなど一度もありませんでした。
この本はファッションの歴史を語るものではありません。単に、シャネルという一つのブランドが生まれた経緯、そして有名になった経緯を綴った本です。しかし、シャネルの創業者ココ・シャネルの人生を追う内に、ファッションには長い歴史があって、その流れを大きく変えた女性こそがココ・シャネルなのだと知ることになります。二度の世界大戦のさなかにあって、シャネルが成し遂げたことは歴史の一部になっているといっても過言ではないと思います。そういう意味で、この本を読むとファッションの歴史を知ることになります。
ただ無機質にシャネルの功績を述べていく本だったとしたら、退屈で放り投げてしまっていたかもしれません。この本は歴史の大きなうねりの中にたたずむ一人の女性としてのココ・シャネルをきちんと描いた本なのだと思いました。だから、人間味をすごく感じます。
僕の心に残ったポイントをいくつか挙げていこうと思います。
「おしゃれ」の再定義
シャネルは「おしゃれ」とは何か、ということを再定義した人でした。というのも、シャネルが服を作って売り始めた当初、おしゃれは貴族のためのものでした。限られた金持ちが己の財力をアピールするためだけに豪華なドレスが作られ、キラキラの宝石で着飾っていたのです。
この現状を嘆き、シャネルは偽物の宝石で作られたアクセサリーを販売します。
わたしがイミテーション・ジュエリーをつくったのは、ジュエリーを廃絶するためだった。「廃絶」という語は、核兵器廃絶というようなときに使う語である。この皆殺しの天使は、金目の宝石を「廃絶する」ために偽物をつくりだしたのだ。まさにそれは革命の名に値する。なぜなら、こうしてはじめて、「おしゃれ」と「金」が同義のものでなくなり、エレガンスが財力から独立したものとなったからだ。シャネルとともに、ようやくおしゃれはひとりひとりの「センスの良さ」の問題になったのである。
シャネルは貧しい生まれです。シャネルは強い反骨精神を持って、従来のおしゃれをぶち壊しにかかります。自分が嫌っている貴金属のアクセサリーを流行遅れにするために、彼女は知恵を絞り、イミテーションジュエリーを普及させました。もちろんこれ以外にも彼女が新しく流行らせたものはありますが、この例が一番端的にシャネルの成し遂げたことを表していると思います。
自分の楽しみのために身につける宝石。金と無関係な戯れ。財力から独立して、誰もが享受できる「おしゃれ」がようやくここに始まったのである。こうしてみると、モダンなおしゃれの歴史は、実は驚くほどに日が浅い。贅沢はシャネルの登場を待ってようやく財力から離床し、ひとりひとりのセンスと創意にかかるものになったのである。
誰もがおしゃれを楽しめる時代。それはシャネルが活躍した1920年代からようやくスタートしたのです。そろそろやっと100年が経つところ。僕らはシャネルの功績の上に、好きな服を好きなように着られる時代を生きているのです。
ファッションと匿名性、著作権、そしてビジネス
シャネルはコピーを許しました。シャネル以前のクチュリエ(服飾デザイナー)は断固としてオリジナリティを大事にし、著作権の保護を訴えていたのにも関わらずです。これはファッションの匿名性という観点で議論されます。
そう、シャネルにとって、ストリートから生まれるモードは「匿名のマス」のそれであった。シャネルはそれを明晰に自覚していた。というより、自覚せざるをえなかった。サロンのモードしか眼中にない他のクチュリエたちは、匿名性というストリート・ファションの精神をまったく理解できなかったからである。ここにもまた、シャネルと同年代のクチュリエたちを分けへだてる決定的な分岐点がある。シャネルは「既成のモード界」をむこうにまわして、ただ一人、デザインのコピーを容認し、オリジナルの権利を護ろうとしなかった。
ファッションのオリジナリティを護るという行為を、僕は上手く想像することができません。ファッションは流行りを追いかけるものであって、真似をするとか真似をしないとかの問題ではないと思っているからです。自分が生み出した新しい着こなしの著作権を求める人なんて今の時代にはいません。僕らの感覚は、当時シャネルが主張した考えに近いと言っていいでしょう。
引用されるのは「感嘆と愛のしるし」。まさにシャネルにとって、コピーとは広く大衆によって愛され、認められること以外の何ものでもなかったのである。コピーに憤激したポワレや、彼に同調したオートクチュール協会とはまったく逆に、シャネルとってコピーは「成功のしるし」以外の何ものでもなかった。ストリートが自分の作品を盗作したとしたら、それは自分の作品が時代の風をよくとらえていたということであり、ストリートにただよう何かをかたちにすることに成功したということだ。「サロン」にアンチしてモードをたちあげたシャネルは、「他のクチュリエにさからって」、ストリートのチカラを理解していたのだ。
権利を主張し、法律を盾にして自らの創作を守ることは大事だと思います。昔からそう考える人は多かったのでしょう。でも、シャネルは違いました。コピーされることを成功の証ととらえる勇気があったのです。コピーされて広まっていくことを良しとする。
ちょっと違うかもしれませんが、「くまモン」はそういう戦略を採っていたそうですね。キャラクター使用料を取らず、いろんなメディアに露出することで知名度を上げていく作戦が功を奏したと。今の時代でも先進的だと捉えられる戦略を、当時のシャネルはやってのけ、世界中で一目置かれるブランドになったのです。
※参考
くまモンの秘密 地方公務員集団が起こしたサプライズ (幻冬舎新書)
- 作者: 熊本県庁チームくまモン
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
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少量生産は希少性ではない
著作権の話に絡んできますが、シャネルは少量生産と希少性がイコールで結ばれないことを把握していました。
だが、シャネルはちがっていた。他のクチュリエになくて彼女にあるもの、それは、アメリカであれストリートであれ、マス・マーケットの存在が少量生産を価値化するという認識である。「希少性」とはたんなる少量生産ではなく、あくまで広範な市場を前提にしてはじめて成立する一個の「市場価値」なのであって、偽物が流通すればするほど、本物の価値はせりあがるのだ。
偽物が流行るから本物に価値が出る。だからシャネルは真似されることを厭いませんでした。他のクチュリエに先駆けてマスマーケットに目を向けていたシャネルは、マーケットに対してどのような戦略で服を売るかを心得ていました。
同様の事例が、現代のルイ・ヴィトンにも当てはまると著者は指摘します。
いまや日本人の二人に一人が持っているともいわれてるルイ・ヴィトンだが、あまりの普及ぶりに、近年では「特注」が人気を呼びはじめ、ヴィトン社の方でもこのオーダーメイド・システムに力を入れている。要するに、持っているのが当たり前なほどに普及してしまえば、ブランドをブランドして差別化する希少価値はかぎりなく小さくなるので、今度はオーダーメイドの商品が差別化を担うことになるわけだ。ここでも前提となっている要件は大量普及であって、その事実がオーダーメイドという少量生産を価値化しているのである。
津々浦々に普及してしまったらブランドとしての価値を失うのではないか。ルイ・ヴィトンはそれを特注品を作ることによって回避しています。これはきっとブランド品だけに当てはまる話ではなくて、消費者を相手にする商売ならば誰もが考えていかなければいけないことなのではないでしょうか。
新しいライフスタイル
ここまで、シャネルが成し遂げたことがいかに先進的だったかを取り上げてきましたが、この本ではシャネルの人間性にも多くの紙面が割かれています。シャネルというブランドをここまで押し上げてきた要員のひとつは、ココ・シャネルというひとりの女性が強烈な個性を持ち、それを消費者に訴えかけてきたからだと分析されています。
女が女のためにつくりだしたスタイルーシャネル・ブランドの強みは一にかかってそこにある。先にも触れたとおり、シャネルは自分のライフスタイルをそのままそっくり商品化した初のビジネスウーマンだった。この意味で、シャネル・ブランドの特色は短く要約できる。すなわち、「女による女のためのモード」
自分のライフスタイルを商品化して価値が出てしまったのがココ・シャネルという人でした。彼女は時代に先駆けて、女性がバリバリとキャリアを積んでいく、いわゆるバリキャリを体現しました。
シャネルは自立した女性として社会に広く認知されていました。それが当時では大変珍しかったというのは容易に予想がつきます。だから、彼女は有名になりました。今で言うところの「セレブ」です。
セレブがプロデュースした服や香水や時計などが売られる時代は今も続いています。あの有名人がプロデュースしたのならと、ファンたちに訴求するのでしょう。シャネルは一番はじめにそれを実行した人でした。
だがここで大切なのは、そうしてシャネルがセレブとしてときめいた事実よりも、シャネルがその名声を自分のブランドの基盤にすえたというのとである。いかなる王侯貴族も顧客にもたずーたとえもっていたとしても、メゾンの威信を顧客の名に頼ることなくーひたすら自分の名声をブランドの起源にすえること、シャネルがそれまでの伝統的ブランドとちがっていたのはまさにこの点であった。つまりシャネルは自分の名を一つの「伝説」に変え、それをもってブランドの根拠にすえたのである。そう、ブランドとは「伝説」にほかならない。口から口へ、時代から時代へと語り継がれる物語・・・・こうして流布される伝説こそブランドをブランドとして認知させる力である。その伝説を維持するのに、十九世紀までは、「伝統」が負っていた力を、二〇世紀は「有名性」が果たすことになる。シャネルはこの新しいブランドのありかたの先駆者であった。
有名性が伝説を産み、それがブランドの礎になりました。今でも王室御用達が権威を持つ時代ではありますが、消費者により強く訴えかけるのブランド力を持っているのは、芸能人やスポーツ選手なのではないでしょうか。そういう時代の先駆けがシャネルでした。
以上見てきたように、シャネルは新しい時代を切り拓いた人です。時代の転換点に立ち、流れを変えた人です。彼女の活躍があったから、今僕らは動きやすく、かつ自分なりのオリジナリティを求めた服装をして、街に繰り出すのでしょう。後世に影響を与え続ける、近代の隠れた偉人の物語でした。ファッションにちょっとでも興味があれば楽しめると思います。Bランクに入れておきます。
最近読んで面白かった新書です。宇宙の謎を解くには微小の素粒子の世界を解明する必要があるのだそうです。