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【もしも感情がなかったら】脳男/首藤瓜於

脳男 (講談社文庫)

脳男 (講談社文庫)

 

概要

 謎の人物、鈴木一郎を中心に回るミステリーです。一見普通に見える彼ですが、心がないことが判明します。彼の抱える謎の正体はいかに。第46回江戸川乱歩賞受賞作であり、生田斗真さん主演で映画化もされました。

おすすめポイント

 物語自体も面白かったですが、「心とは、自我とは、感情とは何か」というトピックが興味深かったです。

感想

 序盤、中盤で鈴木の抱える謎に迫り、そのすべてが明かされぬまま怒涛の後半に突入、といった感じで進んでいきます。後半はスピーディな展開に手に汗握ります。

 鈴木の過去を追う部分では特に大きな動きがなく、のんびりとした印象を受けます。しかし、「鈴木には心がないのではないか」という仮説が持ち上がり、興味深い記述がなされます。

 『人間はたえず感情の吐露をしあい、感情を共有しようとする。人生の大部分はそのことだけについやされるといってもいいぐらいだ。それができないとしたら、気分転換もできなければ疲れを癒すこともできず、一瞬たりとも自我から解放されることがない。それは等身大の檻に一生閉じ込められているようなものだ。  』

 人生の大部分は感情の吐露と共有に使われる。こんなこと考えたことなかったですが、言われてみればその通りだなぁと思いました。さらに、感情を放出することは自我から解放されることとつながってくる、と。これは深い洞察です。しかし話はこれだけにとどまりません。

 『感情がなければ、なにかを美しいと感じたり、神秘的な感情を抱いたりすることもできない。美しさや神秘感は、抽象的な思考ではなく肉感的な感情であるからだ。人間は世界を概念としてとらえている訳ではない。 世界は美しいもの、神秘的なもの、荘厳なもの、あるいは卑俗なもの、喜劇的なものに対する感覚で充満している。だからこそ人間は世界に触れることができ、世界のなかに同胞たちと存在していると実感することができるのだ。 抽象的な概念や数式では、世界を説明することはできても、世界を実感することはできない。 』

 まず、美しさや神秘感は抽象的な思考ではないとしている。つまり実感。世界を概念だけで説明することは可能だが、そこに生の実感はないのだということでしょうか。

 『彼らには、美しい夕焼けや水平線の広がりや空に向かって屹立する大岩壁もただの書き割りにしか映らないだろう。  そこに生本来の輝きや豊かさはない。生の豊穣さは五感によってもたらされるが、感情が介在しなければそれらはただの色彩データ、音波のデータの集積にしかすぎないからだ。人間はそのような世界に住むことに耐えられるようにはつくられていない。 』

 つまり、感情がなければこの世界はコンピュータ内部の0と1の世界と何ら変わりがない。そう考えると、人間の脳とコンピュータの違いにまで僕の想像は膨らみました。感情は「介在する」ことによってデータに意味をなす。新しい視点です。

 僕を僕たらしめるものがなんなのか。RADWIMPSのソクラティックラブという曲を思い出したりしました。

 物語は進み、終盤。鈴木についての謎は、9割ほどが説明されました。しかし残るところは予測するしかありません。特に疑問なのが、これから彼がどうなっていくか。それは続編で書かれていくのでしょう。

 感情がいかにして僕たちの人生に意味を添えてくれているか。この物語ではそれが述べられます。いつか、鈴木に自我というものが完全に作られ、悲しい運命から解放されるといいなと願ってしまいます。