ネットワーク的読書 理系大学院卒がおすすめの本を紹介します

本と本の意外な「つながり」ってありますよね

【PMの基礎】書評:「プロジェクトマネジメント」実践講座

概要

 プロジェクトマネジメントの研修を行ったり、支援ツールを作ったりする会社を立ち上げた著者が、プロジェクトマネジメントの基本を解説する一冊です。

おすすめポイント

 とにかく基礎から丁寧に解説してくれているので、プロジェクトマネジメントの勉強をするにあたって、一冊目に読むのに最適だと思いました。プロジェクトの流れに沿って、計画段階からフィニッシュに至るところまでを追っていきます。

感想

 自分は事前の知識が何もなかったので、プロジェクトマネージャーはこんなにも考えることがたくさんあって、それに対するフレームワークもたくさんあるのだなと感心してしまいました。

 自分の会社ではプロジェクトを動かすときにこういう進め方はしていないはずなので、ちゃんとやる会社はこういうことをしているのだなと勉強になりました。業界によっては本書の内容が当たり前に共通言語化されているのですかね。ISOが定めたプロジェクトマネジメントの国際規格に準拠しているとのことなので、少なくともその規格では本書のようにプロジェクトマネジメントしていくことが推奨されているのでしょう。

 現場の目線で、こういうことが起きるからこういう書類があるのです、という説明をされているので、納得感があります。「実践講座」というほど実践的な内容だったかはさておき、机上の空論ではなく、実体験にも基づいているのだろうなと思いました。

 共感するところが多かったですが、「書類を作りすぎでは?」というところは気になりました。もうちょっとコンパクトにしないとPMはずっと書類作りに追われそうだなと思います。それがPMという立場であると定義されているなら、その役割をこなすべきだとは思うのですが。

 

 

 合わせて読んだプロジェクトマネジメントの本。こちらはストーリー形式になっていて、とっつきやすい内容になっていました。

ytera22book.hatenablog.com

 

 

僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

【あの頃といま】書評:ロードムービー/辻村深月

ロードムービー (講談社文庫)

ロードムービー (講談社文庫)

 

概要

 短編4つと、さらに短い小話が収められた短編集です。続編というわけではないですが、過去作品である『冷たい校舎の時は止まる』とのつながりが意図的に込められた短編集です。『冷たい...』を先に読むことをおすすめします。

おすすめポイント

 『冷たい…』の登場人物たちの過去や未来のお話で、『冷たい...』で交差した彼らが、どのような人生を歩んできたのかを立体的に知ることができます。彼らの正体を知ることがひとつのミステリーの謎になっていて面白いです。ひとりひとりの物語に共感できるお話でもあります。

感想

 辻村作品はフレーバーとして過去作品の登場人物を再度登場させることが多々あります。しかし今作はフレーバーというよりは、もっと明確な意図をもって登場人物が設定されています。

 『冷たい…』は主人公格の人物が8人いて、それぞれがとても魅力的な人物でした。彼らが力を合わせて怪奇な事態に立ち向かい、仲間を助ける物語はとても面白かったです。(ホラー要素が強くて怖くもありましたが)

 『ロードムービー』に収められた短編は、『冷たい…』の登場人物の人となりを知らなければ理解できない物語ではありません。それぞれを独立した短編として読むことができます。ただ、この人は誰なのかがわかる瞬間が一番面白いと思えるように設計されている節がありました。

 僕自身、『冷たい...』を読み終えてから丸4年以上経って『ロードムービー』を読みました。なので忘れている部分が多く、途中では気づかなかったことが多いのですが、調べてみると『冷たい…』とのつながりに込められた意図に感動することがありました。

街頭

 4ページぐらいのごく短い作品です。「鷹野」は『冷たい…』での主人公格の一人「鷹野博嗣」です。名前と属性が一緒ですので。学業優秀で性格も立派なイケメンです。T大の法学部に入学したところまでは書かれていたので、「街頭」の時間軸は法学部で司法試験を目指して勉強しているところでしょう。

 もう一人の登場人物「彼女」は、「辻村深月」でしょう。とてもややこしいのですが、作家と同じ名前の人物です。メンタルが弱めな鷹野の幼馴染です。

 なんだかストーカーじみたエピソードなのですが、『冷たい…』および『ロードムービー』の中で語られる二人の関係性を知った後だと、まあこの二人の関係性なら許せるね、と思えます。

 この作品を貫くテーマがこの作中に提示されているように思います。

もう昔のことを、思い出す。あの頃のことを思うと、何でもできるとそう思う。あの頃の仲間を思い出すと、どんなことでもできる。どんなことでも、やれる気がする。

 鷹野のいう「あの頃」は、『冷たい…』で描かれたあの事件の最中と、それを解決したあとのことでしょう。良いですよね、こういう感覚。

 自分は大学時代にこういう経験をできて、本当に良かったなと思っています。気が合う仲間、尊敬できる仲間と、苦楽を共にし、困難な課題を乗り越えた経験。「あの頃はよかった」と後ろ向きに嘆くのではなく、この本にて示されているように、前向きに生きる糧にしていきたいなと思いました。

ロードムービー

 小学生の「トシ」と「ワタル」の物語です。時系列を前後させながら、二人が家出をするに至った経緯と、家出の中で体験するエピソードが綴られていきます。

 いじめにあっているさなかの鬱々としたお話。正直読んでいて気持ちの良いものではありません。ただでさえ、僕は子供が主人公のお話はあまり好きではないんです。そんなことを考えながら読み進めていくと、突然明かされる叙述トリックに仰天しました。

 ええーーーー。しまった、辻村深月さんはミステリー作家であることを完全に忘れていました。そこが逆転するなら、いろいろなことの見え方が変わってきます。そうだったのか…という感覚。やられました。

 トリックに気を取られていると、今度は登場人物の考察がおろそかになります。一番最後に明かされる「トシ」の苗字は「諏訪」。ということは、「トシ」のお父さんは『冷たい…』で生徒会長として登場した「諏訪裕二」です。彼は国会議員になりたいとか言っていたような気がするので、夢を叶えたことにもなります。

 諏訪は『冷たい…』の中で主人公のうちの一人「桐野景子」に想いを寄せています。告白したのですがフラれたという話でした。桐野は両親が医者なので自身も医者を目指しています。そして「トシ」の母親の職業は「医者」…。彼らは結婚したのですね…。一体何があったのだろう。

 そうなると、「タカノのおじさん」は「鷹野博嗣」ですね。職業は弁護士ということで、司法試験を突破して無事弁護士になったようです。「お姉ちゃん」は「辻村深月」でしょう。ドジをしてトシの母に叱られるというエピソードが載っていますが、高校時代の関係性が垣間見えます。

 つまり、『ロードムービー』は『冷たい…』の登場人物たちの未来の物語であり、幸せな「今」を描いた作品であるともいえます。一方で、トシとワタルにとっては過酷な試練であり、辛い「今」です。

 彼らにとっては辛いのですが、この作品を貫くテーマに沿っていえば、この経験もいずれ「あの頃」となり、宝物となって彼らの生きる糧になってゆくのだと思います。そのような世代間の交差が描かれた一作だと感じました。

道の先

 4編の中で僕が一番気に入った一作です。

 主人公は塾講師のアルバイトをする男子大学生。塾の生徒であるおませな中学生「千晶」に振り回される様子が描かれます。

 主人公の人生観にとても共感をしました。千晶のことを想う優しさは、彼自身の経験からくるものでした。

ここじゃない、どこか遠くへ行きたい。だけど、それがどこにもないこと。千晶が今そうであるように、俺も昔、それを知っていた。だけど大丈夫なんだ。今、どれだけおかしくても、そのうちちゃんとうまくいく。気づいた頃には、知らないうちに望んでいた”遠く”を自分が手にできたことを知る、そんな時がくる。それまでは、どれだけめちゃくちゃだって悲しくたっていいんだ。いつか、どこか正しい場所を見つけて、千晶は平気になる

 ああ、わかる...。しみじみとした共感が胸に染み渡りました。自分も小学生、中学生のころはしんどい体験をしました。いじめっ子に目をつけられ、教室の隅で暮らす日々。だけど高校・大学を経て「大丈夫」になりました。必死に生きていくうちに、いつの間にか小中学生のころに望んでいた場所へとたどり着き、楽しい毎日を送れるようになりました。いまや、憧れだった東京での一人暮らしをするまでに至っています。

 今がどれだけ苦しくても、時間が経てば自然に自分が望んでいた方向へと進んでいくことができます。長い時間はかかりますし、変化はゆっくり訪れるので最中にいるときは気づかないのですが、ふと振り返ってみるとずいぶん遠くへきたものだと思います。「道の先」で、あのころの自分を振り返る感覚。ちょうどいまの自分に染みる読書体験でした。

 『道の先』は、読んでいる途中で登場人物の正体に気づきました。種明かしは「サカキくん」という言葉。『冷たい…』の「菅原榊先生」ですね。彼に惚れていた不良少女「佐伯梨香」が主人公の留守電の相手。ということは、主人公は梨香に惚れていた「片瀬充」、東大を捜索してくれる友達が「鷹野博嗣」でしょう。

 地味で目立たない存在だった片瀬も、『冷たい…』での事件を経て、立派な人物へと成長していきます。あの経験があったから、彼は千晶に対して心のこもったアドバイスができました。その言葉によって千晶は救われ、今後の人生を力強く歩んでいけるのです。素敵なお話でした。

トウキョー語り

 田舎に住む女子高生「さくら」のクラスに、転校生がやってくるというところから始まる物語。田舎のせまい人間関係の中でおきるジメジメとしたお話です。辻村さんに実体験があるのかもしれませんが、こういった学校での女子同士の暗いいざこざを描くのが上手いですよね。いろいろな作品で出てくる気がします。

 この作品も、登場人物の種明かしがあるのは最後。携帯電話の待ち受けに設定された「としまえん」の写真。あああ、そっちが君だったのか、千晶。

 物語の中では薫子さんが目立つ存在だったので、ミスリードというか、注意をそらされた気分でした。上手いですよね。

「-それが、いつか終わりがくるものだってことも、全部知ってる。だから、平気なの」

 『道の先』にて塾講師の充から言われた言葉が、いまも千晶の中で大切にされ、心の支えとして彼女を守っているのです。なのでここまで読んで、『トウキョー語り』が『道の先』の続編であることに気づくのですね。

雪の降る道

 主人公は少年「ヒロ」と少女「みーちゃん」。ここまで読んでくればさすがに気づきます。「鷹野博嗣」と「辻村深月」ですね。彼らの幼少期の物語です。「菅原兄ちゃん」は「菅原榊」ですね。

 『冷たい…』や『ロードムービー』中で語られてきたエピソードを見ると、鷹野は体の弱い深月を気遣ってずっと守ってきたのだと思っていました。しかし、その関係性をひっくり返すのがこの『雪の降る道』という作品でした。

 鷹野は昔、体が弱かったのですね。一時的なショックによって引き起こされたものなのかもしれませんが、未来の鷹野とは比べ物にならないぐらい弱い存在として描かれています。ヒロはみーちゃんに守られて育ってきたのです。

 この幼少期の体験があるので、鷹野は深月を気遣い、守り続けるのでしょうね。幼馴染のときからこんなに深い関係が築けたまま、ゴールインまで迎えるなんて、うらやましすぎるなあと思いました。 

 

僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

 

 冷たい校舎の時は止まるの書評も残っていました。ブログをやっていてよかったなと思います。

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【ストーリー形式で学ぶ】書評:はじめてのプロジェクトマネジメント/近藤哲生

はじめてのプロジェクトマネジメント 日経文庫

はじめてのプロジェクトマネジメント 日経文庫

 

概要

 ストーリー仕立てでプロジェクトマネジメントの基礎が学べる一冊です。

おすすめポイント

 さくっと気軽に読める一冊です。入門書を読む前に読んでおくと、とっつきやすくなりそうだなと思いました。

感想

 最近、プロジェクトマネージャーの仕事を徐々に任されるようになったので、改めて勉強しておこうと思い読みました。何冊かまとめて購入したうちの一冊です。

 ストーリー形式になっていて、プロジェクトがどのように進んでいくのか、フェーズごとにどのような危険性があるのかをわかりやすく示してくれています。ノウハウが身につくというよりかは、全体観を養うことができる内容でした。

 ページ数も多くなく、会話メインなのでさくっと読むことができます。勉強を始める前に読んでおくのにちょうどよい一冊だなと思いました。

 主人公の潮見君は、人の変化に気づける優秀なリーダーだなと思いました。プロジェクトマネジメントの方法論ではなく、メンバーにどのように働いてもらうかを重視している内容でした。一人ひとりのモチベーションは大事ですよね。若手の成長という観点もきちんと記載されていて好印象でした。自分も含め、自分がかかわるプロジェクトは若手が多いので。

 

 

 著者のプロジェクトに対する印象がすごく悪いのが面白かったです。無茶な納期、定まらない仕様、そしてバタバタと倒れていくメンバーたち…。業界にも寄るのだと思いますが、すべてのプロジェクトがこんなんだったら嫌ですね…。

 この本が出版されたのは14年も前のことですが、古さは感じなかったです。個別の具体論を追わず、本質的なことを抽出しているからなのかなと思いました。結局は、人と人がどのように働いていくかというところが原点なのかもですね。

 

 

僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

 

 

ストーリーで仕事を学ぶというとこの本を思い出します。

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【1人を深堀せよ】書評:たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング/西口一希

たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング(MarkeZine BOOKS)

たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング(MarkeZine BOOKS)

 

概要

 著者はP&G、ロート製薬ロクシタン等でマーケティングを担当してきた人物です。いまはスマートニュースの執行役員。様々な業界でマーケティングを行ってきた経験をもとに、著者が編み出した分析手法を解説する1冊です。

オススメポイント

 わかりやすくユニークな主張で、最後まで面白く読めました。汎用性の高い顧客分類のフレームワークが紹介されているので、マーケティングフレームワークを知りたい人にもおすすめです。

感想

 「たった一人の分析から事業は成長する」というサブタイトルは「N1分析」と筆者が呼ぶ分析手法のことを指します。N1分析のほかに、「顧客ピラミッド」「9セグマップ」というフレームワークも解説されていて、この3本柱がメイントピックとなっています。

N1分析

 たくさんの人にアンケート調査をするだけでなく、生身の一人の人間に注目し、その人がなぜこの製品を使っているのか/使っていないのか等を深堀していく分析手法です。曖昧な存在であるペルソナを設定するのではなく、自分の親戚や友人など、具体的な人を挙げて、その人にいろいろと質問を重ねていくことで自社の製品を分析していきます。

 アンケート調査の結果から回答が多かったものをつぎはぎしていくと、誰にも刺さらない中途半端な製品ができてしまうことがあります。そうではなくて、こういうものを作ればこの人は絶対に買ってくれるという自信を起点にすることで、多くの人が欲しがっている商品を開発することができます。

 自分はいまゲーム会社のグッズ制作をしていますが、同じようなことがよくあるので、この主張は深く納得できるものでした。変にロジックをこねくり回して立てた企画は大抵魅力的にならないんですよね。それよりも、こういうグッズを作ればこの人が絶対に買ってくれるというものを作った方が売れる気がします。

 この本では製品の訴求ポイントや広告の独創性などをまとめて「アイディア」と呼んでいます。気持ちはわかるのですが、英語の「idea」や日本語のアイディアとは意味が近いようで異なっているので一抹の気持ち悪さを感じながら読んでいました。言わんとしていることはわかるんですがね。

「アイディア」は、一部のトップマーケターやクリエイターのひらめきでしか生み出せないものではありません。手順を踏むことで、必ずその糸口をつかむことができます。一方で、「アイディア」は合理性や理論だけで創出できるものでもありません。人の行動は、合理性だけでなく、心の動き、深層心理の変化に左右されるからです。競争を抜け出し、際立った成果を上げるためのすべてのヒントは、一人の顧客の心理にあるのです。

 上記の箇所には全面同意です。

顧客ピラミッド

 汎用性の高い顧客の分類方法です。ピラミッド状に顧客を分類し、ターゲットを絞ってN1分析を仕掛けていくことで、事業の強みを伸ばしたり弱みを補ったりしていきます。ピラミッドを上から5つに分けます。

  • ロイヤル顧客
  • 一般顧客
  • 離反顧客
  • 認知未購買顧客
  • 未認知顧客

 意味もそのまま言葉の通りです。どんな商売をしていても使えそうなフレームワークです。

9セグマップ

顧客ピラミッドの上から4つをさらに2つにわけることで9つのセグメントができます。それを9セグマップと呼んでいます。顧客ピラミッドの発展版ですね。

 2つにわけるポイントはそのブランドに対する顧客の印象です。そのブランドが好きで積極的にその商品を購買している層と、特に理由はないけど買っている層に分ける分析手法です。未認知顧客はそもそもその商品を知らないので2つに分けられません。

 9つもあると複雑そうに思えますが、考え方を理解すればかなりシンプルで、これも汎用性の高い分析手法だなと思いました。N1分析にも通じますが、その商品をなぜ買っているのかというところに注目するのはとても大事なことだなと思います。

 また、ブランドの価値を上げるというのは今後ますます大切になっていくと思います。どんな商品もコピー品が簡単に出回る時代です。そのブランドが好きだから買ってくれている人をいかに増やすかが重要になってくるでしょう。そういう時代性を捉えている良いフレームワークだなと思いました。

 

 

僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

 

 そのほかマーケティング関連の本

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【すべてのクリエイターに贈る】書評:スロウハイツの神様/辻村深月

スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)

スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)

 

概要

 5人の視点から描かれる群像劇形式の物語です。彼らは漫画家、画家、脚本家などの創作活動で生計を立てていくことを目指し、互いに切磋琢磨しながらスロウハイツでの共同生活を営んでいます。何人もの著名漫画家が暮らしていたトキワ荘のように。

おすすめポイント

 様々なジャンルのクリエイターの卵たちが奮闘する物語。創作活動をするすべての人に刺さる物語だと思います。伏線が回収されるクライマックスは温かな感動に包まれて泣けます。

感想

 全編を通してみると、これは赤羽環の物語だったのかなと思いました。気にくわないことがあると正しく怒る強い女性。決して弱音を吐かず、凄まじい量の仕事を抱え込み、倒れるまで仕事をしてしまう頑張り屋。彼女がどういう人間なのか、いかにしてこのような個性を持つに至ったかを、スロウハイツの住人たちとの触れ合いのなかで描いていきます。

 かつてスロウハイツから出ていった漫画家の卵、エンヤ。環と対等になれたら戻ってくるとの言葉を残して出ていく彼を、環はよく思わない。

「誰かと対等になりたいなんて、声に出して言っちゃいけないの。美学と意地をモチベーションにして描きたいならそれは絶対だよ。私は口が裂けても言わない。言った瞬間から、自分の身勝手な事情に相手を巻き込むことになる。まして、それを見せるなんてなおのことダメだ。かっこ悪い」

 「あの人のようになりたい」という想いは、モチベーションを保つ原動力になり得ると思います。ただ、それを本人に向かって宣言してしまうのはカッコ悪いことなのかもしれません。言われた相手にとっても、迷惑になり得る。自分の心の中だけで留めておくべし。面白い考え方だなと思います。

 環と対等になりたいと願いスロウハイツを出ていったエンヤは、環と同じような想いで創作をすることはできないと悟ります。そこに環の強さの原点があり、環の背負っている哀しさも垣間見えます。

環のように自分がなれないのだと、徹底的に狩野が自覚するのは、この記憶が自分を縛っているからだ。環はスティグマを持っている。思い出せばいつでも血を流すことができる怒りの感情、相手を許さないという決意。

そんな彼女を見て、真似ができないとエンヤは悟った。そしてそれは、彼には怒りの記憶が、血を流すための傷跡がないからだ。それさえあるなら、彼は彼女と同様のやり方を模索できたかもしれない。けれど狩野は違う。自分には傷跡が、とっくの昔からあるのだ。けれど、そこからはもう血が流れない。いい奴ぶるわけでは断じてない。だけど、狩野は許してしまっている。彼らにもう興味がなく、怒りで繋がれない。 

 環は自分の母親に対してすさまじい怒りの感情を持っています。そう思っても当然のひどいことをされたわけですが、その怒りをいつまでも忘れず、創作活動に昇華していきます。

 エンヤにはそのような激しい体験がありません。それは幸福なことではあるのですが、環と同じ方法で創作活動を行っていくことができない、つまり同じやり方で対等にはなれないことを示しています。

 一方で、漫画家を目指す狩野には、幼少期にいじめられた経験があり、環と同種の傷跡を負っています。しかし狩野も環と同様の方法は採れません。もうその経験に対して怒りの感情が枯渇してしまっていて、原動力にならないからです。

 クリエイターは自身の経験から創作物を生み出していくとよく言われます。自分は3人のなかで誰に近いでしょうか。

 僕は今の仕事を選ぶときに、当時の指導教官に猛反対され、最後は笑われました。そんな仕事でやっていけるのかと。あのときの悔しさは忘れていません。仕事がつらいと思ったときに、折れそうになる自分の心を無理やり奮い立たせる燃料の1つになっています。負の感情がモチベーションになるなんて、健全ではないのかもしれません。しかし、綺麗ごとだけ言っていても始まらないのですね。

 

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 環の物語がオモテ面だとしたら、そのウラ面にはチヨダコーキの物語があります。ラストはこのウラオモテの全容が明らかになる仕掛けでした。

 凄惨な事件を引き起こしてしまい、筆を折りかけた天才小説家チヨダコーキ。彼がいかにして復活をしたかというストーリーは、実は環がいかにして環になったのかを語る物語の裏側に存在していました。

 環のいまを形作った出来事により、コーキは環に救われていました。この二人の物語は、実は序盤からたくさんの伏線が張られていました。片側からだけ見たら、この物語の全容は全く分からないのです。

 丁寧に伏線を拾っていくその過程には、胸に染み渡る温かな感動がありました。素敵な物語だったなと思います。

 物語の途中で登場する写真家「芹沢光」は、「凍りのクジラ」の主人公ですね。ちょっとしたゆるい繋がりが連鎖する辻村深月ワールドでした。

  

僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

 辻村深月さんは大好きな作家さんの一人です。

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【統計との付き合い方入門】書評:統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門/ジョエルベスト

統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門

統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門

 

概要

 タイトルだけを見ると、「統計は悪者だ!」と言っているようにも捉えられますが、そういう主張ではありません。統計は時として事実と反することがあるのですが、なぜそういうことが起きてしまうかを分析し、わかりやすくまとめた一冊です。

おすすめポイント

 統計に関する知識は必要ありません。統計(=加工されたデータ)を扱うときに、どのようなことに気を付けたらよいかを教えてくれる一冊です。入門書なので誰が読んでもためになると思います。

感想

 世の中に溢れる統計は、いつも100%正しい事実とは限らない。このことをあらゆる角度から丁寧に解説した一冊です。

 この本の言う「統計」の定義が少し曖昧だなと思ったのですが、生のデータを加工して得られた2次制作物のことだと解釈して話を進めます。

 統計は必ず誰かが作ったものです。何かを主張するために作られています。これが大切な視点です。

私たちは、統計が人間とはまったく無関係に岩のようにそこにある事実であり、石のコレクターが石を拾うように人々が統計を集めるかのごとく、統計について語ることがある。これは間違っている。統計はすべて、人々の行動によって創造される。何をどう数えるかを人間が決定しなければならず、計数その他の計算を人間がやらなければならない。統計はすべて、社会的産物、人々の努力の結果である。

 自分が理系の大学院生だったころ、取得したデータをいかに自分の研究テーマの主張に結び付けるかに苦心をしていました。統計を自分の有利なように作りたいという動機は理解できます。数字には説得力があるからです。

 この本では主に、社会問題を扱うジャーナリズムの分野での統計が語られていますが、理系の研究も、仕事で用いる販売実績資料なども根は同じだなと思います。

 

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 誰かが何かを主張するために統計を用いるときに、その統計が間違っていることがあります。間違っていると知りながらその統計を事実として扱うのは不正なのですが、推測に基づいて数字を算出せざるを得なくなり、その統計の根拠が曖昧になることもあります。そのこと自体は悪いことではありません。

社会問題の規模を推測するのはそれほど悪いことではない。問題の本当の規模は、知りようがないことが少なくない。知識に基づいて推測をするーそして、それが誰かの推測にすぎないことをはっきりさせるーことは、出発点になる。

 しかし統計にはパワーがあります。なので、その根拠の弱い数字が独り歩きをしてしまうことがあります。

問題が起こるのは、人々が推測を事実として扱いはじめ、数字を繰り返し使い、それがどのようにして生まれたかを忘れ、尾ひれをつけ、それを宣伝し擁護しなけれびならいと感じ、本来誰かの推測でしかなかった数字に疑問を差し挟む者を攻撃するになったときだ。

 自分の主張に有利に働くからといって、無意識のうちに統計を間違って解釈してしまうことがあります。その数字がセンセーショナルであればあるほど、より広く拡散されてしまうことになる。間違った統計の方が世の中に広まりやすいという負の一面を持っているのです。悪貨が良貨を駆逐するというやつです。

ある統計の劇的効果を弱める変換は忘れられやすく、劇的な数字は繰り返し伝えられる見込みが大きい。統計版グレシャムの法則である。悪い統計が良い統計を駆逐するのだ。 

 この本は2002年に第一版が書かれた本なのですが、SNSによってフェイクニュースが拡散されてしまう現代を予言していたかのようですね。

 我々は統計を目にしたときに、手放しにその数字を信じてはいけません。統計を呪物のように扱ってはいけない、あきらめて思考を停止することなかれと著者は言います。

私たちは統計を注意して扱わなければならない。これはむずかしいかもしれない。何しろ、統計を呪物のとして扱う人が私たちの社会にこれほど多くいるのだから。これを、畏怖する人々の態度と呼んでいい。批判的に考えず、統計に魔力があるかのように行動する人たちだ。畏怖する人々は、耳にする統計がいつも理解できるわけではないことはわかっているが、それを気にはしない。だいたい、誰が魔術的な数を理解できるだろう。畏怖する人々の敬虔な諦念は深い考えに基づくものではない。思考の放棄なのだ。

 すべては、統計は人の手によって作られるというところに帰結すると思います。この統計は誰が何のために作ったのか。そういう視点を常に持つことが大事ですね。

 

 

 過去に読んだ下記のような本の中でもたくさん統計が使われていますが、手放しにすべてを事実として受け入れるのはよくないということですかね。

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僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

【文明を形作ってきた発明とは】書評:50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ/ティム・ハーフォード

50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ

50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ

 

概要

 タイトルの通り、「いまの経済をつくったモノ」が次々に紹介される1冊です。一見すると「なんでこんなものが?」と思うようなものも、実は文明に大いに貢献しているのだということが丁寧に説明されています。

おすすめポイント

 著者の博識さがにじみ出ている1冊です。あらゆる分野から重要な発明がピックアップされていて、予想外のモノがどんどん登場します。次はどんなものが出てくるのだろうと楽しみながら、同時に経済の勉強をすることができます。

感想

 原題は「50 things that made the modern economy」。きっちりと原題を翻訳したタイトルがついている本です。50個の発明品を取り上げ、それが現代経済を形作るのにいかに寄与したか、またその発明が生まれた経緯や普及に至るときのエピソードが語られていきます。

 iphoneやエレベーターのように形のあるものから、銀行や株式会社のような組織、公開鍵暗号方式やモバイル送金といった技術、果ては福祉国家というものまで登場します。どれも今の経済を今の形たらしめているものですね。

 とにかくあらゆる角度から発明品を紹介していきます。何がでてくるのかわからないびっくり箱のような感じでとても面白い一冊でした。

 

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 1番驚いたのは1番目に紹介されている発明でした。それは農業につかう犂(すき)です。英語ではプラウです。

 当たり前すぎでこれを発明と呼ぶことに違和感があるぐらいなのですが、プラウが発明される前と後では農業が劇的に変わったことを考えると納得ですね。土を耕す効率が飛躍的に向上し、農耕文化が一気に発展したそうです。まさに、人類文明のはじめの一歩という感じでしょうか。

 しかも、プラウを最初のページに持ってくることによって、この本は他の本とは一味違うぞということをアピールすることに成功しています。巧みな戦略ですね。

 

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 著者が本文中に書いていましたが、「スゴイ発明トップ50」を紹介しているわけではないんですよね。あくまで、今の経済に貢献しているものを挙げています。

 これがあるおかげで自分の今の生活が今のようになっているのだということで、自分事として読むことができ、経済の勉強にもなりました。面白かったです。

 

 

ビジネス系の読んだ本。 

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