ネットワーク的読書 理系大学院卒がおすすめの本を紹介します

本と本の意外な「つながり」ってありますよね

【語源を辿るとこんなに面白い】語源でわかる中学英語 konwの「k」はなぜ発音しないのか?

概要

 英単語の疑問を語源から解説するという、ありそうでなかった一冊です。シンプルに易しく書かれているのでさらっと読めます。

おすすめポイント

 今まで英語を勉強するなかで「覚えるしかない」と言われてきた不規則な文法が、なぜこのような形になったかを説明してくれているのが感動的でした。

感想

 タイトルにあるように発音がメインの話題です。canの過去系がなぜcouldなのか、というような文法の謎も取り扱っています。

 コトバは生き物だということがよくわかる一冊でした。時代とともに発音やスペルが移り変わっていく様子をコンパクトに解説してくれています。様々な変化があって今の英語があるのだということを知れました。日本語においても古典の時代から大きく言葉が変わってきたことを知っているわけですから、英語においてもそのような言葉の変化があって当然。英語が少し身近になりました。

 英語はヨーロッパの歴史を反映した言葉であるということが知れて、英語を勉強するのがさらに楽しくなります。

語頭にskが付く単語には、sky「空」、skin「皮膚、皮」、skill「技術」、skirt「スカート」があります。これらはすべてバイキングがイギリスに侵略した際、英語に入ってきた言葉です。ski「スキー」、skate「スケート」もsk-で始まりますが、バイキングはスケートをしていたのでしょうか。実は、北欧から来たバイキングは船乗りというだけではなく、スキーを巧みに操っていたことが記録されています。

 似たような言葉の語源を調べていくと、人類の歴史に行きつくのですね。とてもエキサイティングではありませんか。

 また、バラバラに覚えるしかなかった英単語の思わぬ繋がりも解説されています。丸暗記するよりも楽しく覚えられそうです。例えばMay(5月)とmajor。

Mayという名前は、古代ローマの大地の女神・成長の女神であるマイア(英語ではMaia)から取られています。この名前はラテン語のmaior「より大きい」、つまり成長することと関係しています。Maiorからは英語のmajor「大きい、主要な、メジャーな」という語が派生しました。

  発音やスペルが不規則に変化する単語についても解説がなされています。

今でこそ、複数形にするときには-sを付けるだけになってしまいましたが、古英語の時代にはいろいろな複数形の作り方がありました。それは、語尾に-asを付けるもの(これは現在の-sの由来になった)、-uや-ruを付けるもの、-anや-enを付けるもの、単数形と複数形が同じもの、などです。

  ここからchildの複数形がchildrenになった経緯がわかります。中学で習った時には「覚えるしかない」と先生に言われていたものが、英語の歴史をたどるとそれなりに理屈があることがわかります。難しくてもいいから理由があるのだと教えてほしかったです。頭ごなしに「丸暗記しろ!」と言われるのは苦痛じゃありませんか。

 もっと早く知りたかったことがいろいろ書いてあって、読み進めていくのも楽しい一冊でした。Bランクにいれておきます。

 

 

僕のオススメの本はこちらにまとめています。

A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

 

【人間が凍眠できるようになったら?】モルフェウスの領域/海堂尊

モルフェウスの領域 (角川文庫)

モルフェウスの領域 (角川文庫)

 

概要

 チームバチスタの栄光からスタートした海堂尊氏の「桜宮サーガ」の中の1冊。様々な医療技術・医療問題にスポットを当てる今作において取り上げられているのは人工凍眠。SFチックな近未来技術ですが、もしそれが実現したとしたらどのような物語が考えられるかを、あくまで現実的に描いた作品になっています。 

おすすめポイント

 人体を数年間凍眠させることができるとしたらどのような問題が起こるでしょうか?また、冬眠した人に関わる人々の感情はどのように揺れ動くでしょうか?海堂氏ならではのロジックで、海堂氏ならではのストーリーが展開されます

感想

 人体を凍眠させるという技術が今後数年で開発される見込みは薄いでしょう。海堂氏もそれはわかっているのだと思います。そんな状況でも、このテーマに真正面から挑んだ勇気にまずは賞賛を送りたいと思います。(物語と物語の間で登場人物の年齢設定が合わなくなってしまったという凡ミスから生み出した作品でもあるらしいですが)

 病気の治療法が今後確立される見込みがあるので、人体を凍眠させてその時を眠って待つことができるとしたら。本人の純粋な願いとは裏腹に、様々な人間の思惑が絡みあい、ミステリーとなって物語は進んでいきます。

 他の海堂氏の作品でも良く見ますが、ミステリー作品にするためにわざとストーリー進行をややこしくしている面があって、こういうやり方が本当に好きなんだなあと内心苦笑しながら読み進めていました。物語に起伏ができてドキドキするのですが、謎解きをあいまいなままにすると混乱するので、きっちり落とし前を付けてほしい所です。

 主人公涼子に対して曾根崎伸一郎に投げかけた「モルフェウスをひとりにしてはならない」という言葉。それに対する涼子の答えは「自分自身も凍眠すること」ということでよかったのでしょうか。そうすることで、時限立法である凍眠8則の効力が切れないため、涼子が眠っている間にモルフェウス佐々木アツシの人権を守るための作戦を実行できる。自分はそんなふうに捉えているのですが合っているかはわかりません。続編「アクアマリンの神殿」も読んでみようと思います。

 シリーズの本筋の主人公である田口が出てくるので、外伝の中では比較的本筋に近い作品でした。特に、「ナイチンゲールの沈黙」から続く話が多かったですね。ダジャレでインパクトを残す佐藤は「ジェネラルルージュの凱旋」から登場だったかな?曾根崎伸一郎もいろいろなところで出てくる名前ですが、自分は「ジーンワルツ」の主人公である曾根崎理恵の夫という印象が強いですね。

 チームバチスタの栄光が面白かったので踏み入れた海堂尊氏の世界。どんどん文庫化されるのでがんばって読み進めているのですが、まだまだ先は長いです。読んでいない作品がわんさかあります。思ったよりも深い沼のようです…。

 

 

 

 

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A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

B. 大多数の人が面白いと思うはず/この作家さんが好きなら絶対読むべき作品 

  

 

【現代社会を作った究極の要因は?】書評:鉄・銃・病原菌/ジャレドダイヤモンド

概要

 現代社会を形作った究極の要因はなんだろうか。極めてシンプルで難しい問いに、鮮やかな答えを提案する歴史学の名著です。

おすすめポイント

 とてもわかりやすく書かれており、途中で迷子になってしまうということがありません。極めて科学的な研究結果でありながら、一歩一歩踏みしめるように結論へと近づいていく最高のミステリーのようだとも思いました。名著と言われるだけはあります。

感想

人類社会の歴史を理解することは、歴史がさほど意味を持たず、個体差の少ない科学分野における問題を理解するよりもはるかにむずかしいことだといえる。それでも、すでにいくつかの分野では、歴史の問題を分析するのに有用な方法論が考え出されている。その結果、恐竜の歴史、星雲の歴史、そして氷河の歴史は、人文的な研究対象としてではなく科学的な研究対象に属する分野として一般的に認められている。しかも、われわれは人間自身に目を向けることによって、恐竜についてよりも、人類についての洞察を深めることができる。したがって私は、人間科学としての歴史研究が恐竜研究と同じくらい科学的におこなわれるだろうと楽観視している。この研究は、何が現代世界を形作り、何が未来を形作るかを教えてくれるという有益な成果を、われわれの社会にもたらしてくれるだろう。

 上記はエピローグからの引用です。ここにある通り、歴史を文系に属する分野としてはなく、理系に属する分野として科学的に分析している本です。

 現代社会において豊かさを存分に享受している人々(主に欧米圏)と、そうではない人々に大きな差が生まれている究極の要因はなにかという問いを追い求める壮大な研究を解説した一冊です。

 結論はとてもわかりやすく、「ユーラシア大陸は東西に長い大陸のため農作物・家畜・文字などの文明・発明や技術全般が伝搬しやすく、アフリカ大陸や南北アメリカ大陸は南北に長いため伝搬が容易に進まず、ユーラシア大陸に遅れをとったこと」とまとめることができます。このまとめは著者の言葉ではなく、この本を読んで僕が理解したことを自分の言葉でまとめたものです。自分の言葉で結論を端的に書き記せるぐらい、結論に納得感をもたらしてくれる本でした。

 上記の結論に至るまでに、様々な分析を丁寧に組み合わせ、あらゆる可能性を吟味し、想定し得るあらゆる批判に対して反証を提示しています。お見事としか言いようがありません。このように極めて理系的に論を展開しているのにもかかわらず、謎を解き明かす過程は推理小説のようにスリリングでした。

 そしてあとがきまで読んで気付いたのですが、この本が記されたのは1998年というのが驚きでした。20年も前に提示された理論がいまだに覆されず、名著として語り継がれているのです。長い年月による淘汰にも負けなかったということで、いかにこの本が優れているかがわかるのではないでしょうか。ボリュームはありますが、ぜひ一度は読んで頂きたい傑作でした。Aランクのおすすめ本に認定です。

 

 

 

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A. 誰にでもおすすめできる/是非読んで欲しい作品

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【戦乱の傷跡を超えて】流/東山彰良

流 (講談社文庫)

流 (講談社文庫)

 

概要

 国共内戦の時代、つまり中国で共産党と国民党が内戦状態だった頃のお話です。祖父の代に台湾に逃れてきた一家の一員である秋生が主人公です。戦争によって翻弄されながらも力強く生きる秋生の葛藤が描かれる青春小説です。

おすすめポイント

 当時の台湾の様子が生き生きと描かれ、臨場感を持って目の前に立ち上がってきます。様々な理不尽に襲われながらも懸命に生きる人々の様子に不思議と勇気をもらえる一冊でした。

感想

 台湾でつつましく暮らしていた秋生の家族でしたが、祖父が何者かに殺害されてしまうところから物語が動き始めます。その犯人を追い続けるミステリー小説の一面も持っています。

 心に残る素敵な言い回しが多く、文章のパワーにぐいぐい引っ張られるような読書体験でした。

 例えば主人公秋生と雷威という不良とのケンカを描いた一場面。

雷威の目に浮かぶ凶暴な光はこう言っていた。退け、たのむから退いてくれ、おれを人殺しにしないでくれ!その目を見て、わたしは彼も自分の未来を担保にして、いまこの瞬間をどうにかやり過ごそうとしているだけなのだとわかった。殺人者の悲しみ、それは生きるか死ぬかの瀬戸際で掴み取った真実を、だれに対しても説明のしようがないこと。言葉になどできやしない。その真実はわたしと雷威にしか見えない狐火のやうなもので、どちらが死ぬにせよ、死者のうちに封じられ、勝者に取り憑いて一気に百も老いさせる。

雷威のほうは退く意志がまったくなかった。人殺しになりたくないと思っている以上に、偽物になりたくないと思っていた。仲間たちに対して、そしてのちに目覚める自分の文学に対して。 

 緊迫する対峙の心の内で、お互いが殺人者にはなりたくないけど、退くわけにはいかないという葛藤を抱いていることを書きあげた文章です。このような男とは勇ましくあるべきという価値観が一般的だった時代、戦争の後遺症とでもいうべきでしょうか。

小戦は意地悪なチンピラかもしれないが、わたしの友達である。その友達が人生最大の危機に瀕しているのに、もしここで袖手傍観などしてしまったら、わたしはこれから先、臆病さを成長の証だと自分に偽って生きていくことになるだろう。そんなふうに生きるくらいなら、わたしは嘘偽りなく、死んだほうがましだと思う。人には成長しなければならない部分と、どうしたって成長できない部分と、成長してはいけない部分があると思う。その混合の比率が人格であり、うちの家族に関して言えば、最後の部分を尊ぶ血が流れているようなのだ。

 「臆病さを成長の証だと自分に偽って生きていく」。すごい一文です。引き際を知ることは大切なことだと思います。人は臆病になっていく生き物でしょう。でも、秋生はそんな生き方を良しとはしません。

 懸命に生きている秋生の心の中にはいつも、殺された祖父の姿が焼き付いていて、離れません。

「きみのおじいさんはいつも不機嫌でした」岳さんが言った。「胸のなかにまだ希望があったんでしょうね」「希望?」「苛立ちや焦燥感は、希望の裏の顔ですから」

 犯人を捜しまわって、手がかりを探し回っていたときに投げかけられた言葉。希望があるから焦りが募り、不機嫌になってしまう。

浴槽に沈んだ祖父を発見したときの衝撃はわたしのなかで結晶化し、ずいぶん付き合いやすいものになっている。すくなくとも、いますぐ犯人を吊るし上げろと心が苛まれることはなくなっていた。心とは駄々っ子のようなもので、いったん駄々をこねだしたら手がつけられない。地べたにひっくりかえり、あれがほしい、これがほしい、買って、買って、と泣き叫ぶ。十七歳のころのわたしがそうだった。わたしたちは根負けして心に従うか、さもなければ断固としてまえへ進むしかない。どちらが吉と出るかは死ぬまでわからないけれど、そうやってひたむきに心を拒絶しているうちに、わたしたちはわたしたちではなくなり、そしてわたしたちはわたしたちになってゆく。わたしはわたしなりに、あの日から十年ぶんまえへ進んだ。人並みに軍隊で揉まれ、人並みに手痛い失恋を経験し、人並みに社会に出、人並みにささやかなぬくもりを見つけた。出会いがあり、別れがあり、妥協し、あきらめることを覚えた。それはそれで大人になるということだが、これ以上心を置き去りにしては、もう一歩たりとも歩けそうになかった。

 本当にやりたいこと。秋生にとっては、祖父を亡き者にした犯人をつきとめること。ずっと抱えていたもやもやは、付き合いやすいものになったものの、これ以上犯人捜しをせずに放置はしておけなくなってしまいます。

 祖父の残した写真をきっかけに、犯人の正体へとつなげていく構成力は素晴らしかったです。戦争が落とした影は、文字通り孫の代まで呪い続けます。数奇な運命に翻弄されながらもしっかりと自分の意志で生き抜いていく秋生の力強さに、励まされる結末となりました。

 

 

 

 

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【自殺を止めるタイムスリップ】名前探しの放課後/辻村深月

名前探しの放課後(上) (講談社文庫)

名前探しの放課後(上) (講談社文庫)

 

概要

 主人公の”いつか”は、クラスメイトの誰かが自殺してしまうという記憶とともに3か月前にタイムスリップしてしまいます。自殺を止めることを決意し、友人たちに協力をあおぐところから物語が始まります。

おすすめポイント

 ミステリーであり、若者たちの葛藤を描いた青春小説でもある。まさに辻村さんの真骨頂といった作品です。

感想

 面白い構成をしている物語でした。なんとなくの直感で、自殺するのは「あの子」なのだろうと予想をつけて読み進めていました。物語はその方向には進まず、いったいどのような終わり方をするのだろうと思っていたら、一旦幕が下りかかり、でもやっぱり予想通りだよねというところに落ちてきました。物語の途中に落ちていた布石は、その幕引きに向けて置いてあったもので、あらかた回収されて一件落着。

 辻村さんらしい若者の心理描写がさえわたります。特に今作は、あすなの目線が良いですね。クラスの中心にはいないけど、いろいろ考えて必死に生きている。とても共感できます。

依田いつかにはわからないんだろうな。彼らを眺めながら、あすなは思う。

付き合うにしろ振られるにしろ、明確に結論の出る恋愛というのが彼にとっての『恋愛』なのであって、それは生身の人間を相手にする生きた行動だ。しかし、相手の一部分だけを知って引きこまれ、自分の理想を投影しながらただ対象を眺めるようなフィルター越しの『恋愛』もまた世の中には存在する

 僕が気になったのは、そんな演技できる?ということ。こんなお芝居をうったら、普通はどこかでドジってバレるじゃないですか。(たしかにバレてしまうエピソードもあったわけですが。)3か月間、よくバレなかったなというところ。迫真の描写をしているのもずるい。そんな演技力が高かったら俳優になれますよきっと。

 あと、いつかはタイムスリップする前からあの子のことが好きだったの?というのも疑問。昔のワンシーンは出てきますが、高校に入ってからは別になんとも思っていなかったのでは、と。タイムスリップで時空が時系列がゆがんでいるので良く分からなかったですね。

見直したんだよ。いつかくんにも、きちんとそういうのがあったんだなって。たとえば、自分の本当に好きな子が、何ヶ月後かに死んじゃうと仮定してみる。そしたら、ああやってきちんと必死になれた。いつかくんの人生は、寂しくなんかなくなった

 最後のオチのところはやられました。辻村作品で、フルネームが出てこない人物には注意せよ。これは鉄則ですね…。まさか彼らが登場しているとは。「ぼくのメジャースプーン」を読んだのはだいぶ前だったのですが、名前が出てきた瞬間「あっ」となりました。

 ただ、「例の能力」ってタイムスリップできるんだっけ?という疑問はあります。「時間を巻き戻す」と宣言したので、それが働いたのでしょうか。いずれにせよ、あの二人が普通の人生を歩んでいてほっとしました。二人で仲良く力強く生きていましたね。「ぼくのメジャースプーン」は本当に大好きな作品なので、もう1度読み返したくなりました。

  

 

 

 

 自殺したのは誰か、という謎を追いかけるのは「冷たい校舎の時は止まる」と一緒でしたね。たぶんわざと重ねているのでしょう。 

 

 

 

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名前探しの放課後(下) (講談社文庫)

名前探しの放課後(下) (講談社文庫)

 

 

【合田刑事の転落】照柿/高村薫

照柿〈上〉 (新潮文庫)

照柿〈上〉 (新潮文庫)

 

概要

 「マークスの山」の続編、合田雄一郎警部補シリーズ第2作目です。今回は幼馴染の野田達夫をめぐるお話です。

オススメポイント

 じりじりとした転落劇の先にある衝撃の顛末と、その原因。合田の渋い魅力が全開の物語です。

感想

 マークスの山は山登りに関する記述が多かったですが、今回はほぼありませんでした。主人公の合田雄一郎と、彼の幼馴染の野田達夫の視点から交互に描かれる物語です。

 

 いろいろ問題を抱えながらもそれなりに上手くいっていた二人の人生が崩壊していく様を描いた重苦しいお話でした。優秀な刑事として活躍してきた合田と、家庭を守るため工場の工程長の仕事をしっかり勤めている野田。何も問題はなかったのに、ひょんなことから再会した二人の人生は、転落を始めてしまいます。

生活とは、自分が幸せだとか不幸せだとか意識しないで過ぎてゆく時間のことなのだ。

 何も意識せずに積み重ねてきた人生が、ふいに崩れていくのです。

 操作の一環として賭場で違法な賭け事を行う合田。賭博の描写はリアリティがありました。大金が動くスリルに感覚がマヒし、真剣勝負だと思ってしまうのでしょうね。胴元が勝つようになっているに決まっているのに。警察の権力を使って野田の勤める工場の重役に脅しをかけようと企てることもしました。どうしてしまったんだと問いかけたくなってしまいます。

 それもこれも野田の愛人である佐野美保子に惚れてしまったせい。幼馴染の野田に対する嫉妬も相まって、合田の判断力が変調をきたしています。野田の目線から見ても、この佐野という人物は得体のしれない女性として描かれていて、最後まで良く分からない人物のままでした。

 男性からみて女性という存在は、同じ人間とはいえどこか行動原理がわからないところがある。作者の高村さんは女性なのですが、男性からみた女性のそういう部分を描こうとしているのかなと思いました。

 

 クライマックスで登場した「未来の人殺し」というワード。合田が幼いことに野田に投げつけた小さなトゲは、野田の心に刺さって抜けていませんでした。伏線というわけではなかったのですが、この事件の原因がまさか合田にあったとは、という驚きに揺さぶられました。合田は愕然としたことでしょう。人に向けた悪意・敵意は、とんでもない形で跳ね返ってくることがあるのだなと冷や汗をかく思いで読んでいました。

 

 

 重厚な言葉遣いで、小難しい単語が連続することもあるのですが、不思議とするする読めてしまう文章を高村さんは書きます。雰囲気がよく出る。そしてリズムがとても良いですね。

 

 合田の過去が少しだけ掘り返される形となりましたが、まだまだすべては明らかになっていません。今後のシリーズでも語られていくのでしょうか。 

   

 

 

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照柿〈下〉 (新潮文庫)

照柿〈下〉 (新潮文庫)

 

 

【著者ならではの視点】教養としてのテクノロジー―AI、仮想通貨、ブロックチェーン/伊藤穰一

概要

 MIT(マサチューセッツ工科大学)のメディアラボという最先端の研究を行う研究所の所長を務めている伊藤穰一氏の著書です。今後世の中に浸透していくテクノロジーを紹介していきます。

オススメポイント

 著者ならではの視点が面白い一冊でした。AIや仮想通貨に関しては、専門書より深いことは書かれていません。あくまで入門書です。

感想

 著者の伊藤穣一氏のことを調べる必要があったので読んだ一冊です。

 AI、仮想通貨、ブロックチェーンをサブタイトルに掲げ、次世代を作っていくであろうテクノロジーについていろいろ説明されています。この辺の新技術については他の本でもいろいろ読んでいるので、真新しい知識は得られませんでした。

 ただ、AIやアルゴリズムを妄信しすぎているのではないかと警鐘を鳴らしたり、ビジネス規模を大きくすることだけを考えているテクノロジー企業ばかりだと問題が起きるのでは主張したりと、ストップをかける視点も大事だと説いているのが新鮮でした。

 

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 話題自体で新しいなと思ったのは2点あります。

 1点目は生体工学の発展により、人間の能力が拡張されていき、いずれはパラリンピックがものすごく面白いものになると予想しているところです。テクノロジーによる「人間拡張」と著者は呼んでいます。さらに、人間に様々な改造手術を行って能力を拡張できるようになる未来がいずれ到来するとして、そうなる前に倫理上のルールを定めておく必要があると主張しているところです。

 SFの世界が現実のものになるというワクワク感があり、その手前にパラリンピックという既存のものの発展を予言しているという二段階のトピックが面白いなと思いました。自分は目が悪いのですが、レーシックもある種の人間拡張なのかなと捉えると、遠い話ではないはずです。

 2点目は、アンスクーリングというアメリカで生まれた新しい教育方法。これは初めて聞きました。学校に通わせず、アンスクーリングをする拠点に子供を通わせて教育をします。カリュキュラムを一切設けず、子供が興味のあることだけをやらせるという教育方法です。

 ポイントは大人からの働きかけを行わず、自発的な興味にすべてを任せる点。強制的にやらされるより、自分から自発的に勉強を行う方が楽しく、身に着きやすいというのは僕も実感としてあります。

 ただ、自分の好きなことだけをやるというのが本当に子供のためになるのか、ある程度は強制された方が良いのではないかと思ってしまったりもします。現地アメリカでも賛否両論とのこと。日本で普及するのは絶望的かなという気がしますが、アンスクーリングで育った子供がどういう価値観を持っているのかは気になりますね。

 

 

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 最後に一個だけ愚痴を。全体的に著者の自慢が多いのが鼻につきました。

 「これはオレがやった」「これのエライ人とオレは知り合いだ」「昔からオレは○○だと思っていたがようやく認められてきた」「オレが所長を務めているMITのメディアラボはこんなにすごい」などなど…。 

 わざわざ文中で自慢をしなくても、著者の経歴や実績がすごいことは明らかなので、不要だと思いました。それだけです。

 

 

 

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