【人情と諦念の妖怪退治】書評:しゃばけ/畠中恵
概要
畠中恵さんのデビュー作。第13回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を受賞しました。江戸の町を舞台に、裕福な商人の跡取り息子が妖怪とともに活躍する物語です。
おすすめポイント
雰囲気がとても心地よい作品です。作中の江戸の町の暗がりには妖怪たちが当たり前のように暮らしています。一方で人間の世界は義理と人情の世界。活気に溢れています。二つの世界を包み込む江戸で起こる一大事件の謎を追っていく物語は、読み終わってしまうのが寂しくなってしまうような素敵な世界観を持っていました。
感想
主人公は大商人の一人息子、病弱な「若だんな」。彼の周りには生まれた時から妖怪がいます。寝込みがちな若だんなは妖怪に助けられながら、薬屋で働いています。ある日、江戸を騒がす殺人事件に巻き込まれることになります。
この物語の主軸は、その犯人と若だんなの対決です。仲間の妖怪とともに、悪しきものを討つ勧善懲悪の物語。魅力的なキャラクターと、すっきりとした読後感。万人に受ける時代小説だと思います。
この物語は雰囲気が心地よいと書きました。活気のある江戸の町と、怪しげな妖怪の世界のベストマッチは確かに素晴らしい。でも、それだけではない魅力がこの作品には備わっている気がします。
この作品が漂わせる空気感には、「諦念」が感じられます。叶わないものは叶わない。届かないものには届かない。そんな、ある種のあきらめの心です。
例えば、主人公の若だんなはたびたび体調を崩して死にかけるほど病弱な体です。もしかしたら物語の最後でその原因が解明されて元気になるのかなとも思ったのですが、僕の見込み違いでした。若だんなは自分の病気と共存していくしかないのです。
若だんなには腹違いの兄がいることが判明したときの、若だんなのセリフ。
「分かったよ、言うよ。生まれた子どもが男だって聞いたから・・・見てみたかったのさ」「男の子だから?」「その男の子は、きっと体も強くて、おとっつぁんに似て大柄で。こういう風に生まれたらうれしかったと思えるような、そんな子に違いない。きっと寝込むこと、死にかけてしょっちゅう心配をかけることもないんなよ。私と入れ替わって生まれていたら、皆も喜んだに違いないというような。そう考えたら、忘れられなくなったのさ」親しみの気持ちだけだったとは、己でも言えないよと、若だんなが笑う。
彼はおおらかな性格をしていますが、複雑な思いを内に秘めていたわけです。他にも、菓子屋の餡子作りは上手になりませんし、菓子屋の妹の恋は実りません。江戸という時代、職業選択の自由はほとんどありませんし、結婚相手を選ぶ自由もかなり制限されています。どうにもならないことと向き合いながら、人々は暮らしています。
でも、諦めの気持ち100%でいるわけではありません。人生にはどうにも退けない瞬間があります。それを同時に示してくれるのが、この物語の面白いところではないかなと思いました。
ここで逃げたら、生まれてこなければよかったと思うことになる。自分さえいなければ、たくさんの人が死ななくて済んだのだから。おっかさんが反魂香を使ったことを、この身自信を、呪ってしまうかもしれない。そうなればどのみち生きていくことも難しい。「なんてことだろう。私はその、なりそこないを、何とかしなけりゃならないらしい」
いろいろ考えてみると、対決するしかない。だから、若だんなは逃げません。どうにもならないことと、自分の意志で切り開けることをきちんとかぎ分けるのです。
若だんなが対決することになる「なりそこない」もこの諦念の議論の延長線上にあるような気がします。底が割れてしまった道具はもう使えません。「なりそこない」は付喪神にはなれない。それを諦めきれなかったとき、暴走が始まりました。
叶わないことを受け入れ、そこからではどうやって歩いていくのか。物語の最後、結局兄の問題は解決しません。でも、一歩ずつやっていくしかないのです。若だんなは体調との折り合いをつけながら、今後も生きていくのでしょう。それと一緒なのだと思います。いろんなものと折り合いを付けながら、生きていくしかないのです。
誰もが面白く読める作品だと思います。Bランクに入れます。
そのほか、江戸が舞台の小説で最近印象に残っているのは天地明察です。面白かったです。
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